Springe direkt zu Inhalt

4

幼い子たちを次つぎ刺殺
母子の虐殺

鴨田好司1


[略歴]

年齢,三十六歳,一九一二年生まれ

出身県,東京2

元,五九師団五四旅団百十一大隊

旧階級,兵長


ちょうど畑の作物が実のついた八月の中旬のある日のこと. 山東3省日照4県大山の山岳で,夜明方五四旅団の主力部隊は八路軍と遭遇し,激戦二時間のあとである.

私は当時四年兵の上等兵で,旅団直轄小隊の軽機関銃手として,小隊長吉川貞二5准尉の指揮で第一線に侵攻し,硝煙のけむる大山をよじのぼった.八路軍の主力は,西側に包囲陣を張った五四旅団の一角を破りぬけ,山上には姿はなく,ただ,戦場だった山の中腹には,五四旅団の砲撃によって,八路軍の戦士の人々が,手,足をもぎとられ,腹や胴の肉がとび散り,岩壁にびったりひっついていた.

すっかり夜は明け,太陽が山間より照り出し,私の目前の屍や血潮で,真っ赤に染められた岩壁より,ムッと,むせるように発散する血生臭いにおいが鼻をついてきた.

凄惨な地獄絵の中に,足をふるわせた私は,でこぼこした細い崖道にのぼった時,人がやっと036入れる山洞に目をつけた. 穴の中に黒ぐろ人が二,三人うごめくのをみつけた.

「あっ……人だ!」

と私は叫んだ瞬間,本能的に腰にもった軽機関銃の引き金に手をかけていた.五,六発連続に撃ち込んだ弾丸は,曲がった穴の中で岩石にうちあたり,火花を散らし,はね返ってきた.

近くの岩かげで,中国人をみつけたのか,他の小隊の兵隊達が,

「いた,いた,逃がすな,撃て!ブッ殺せ!」

とわめく声が入り乱れ,小銃が二,三発なり響いた.時々,ダァン,ダァンと手榴弾の作裂する音が,山いっぱいに,こだました.

「馬鹿!危ない,引っぱり出すんだ!」

うしろから吉川准尉に怒鳴られた私は,こわごわ穴の中に身をかがめた.

山の岩かげや,山洞にかくれている人々は,日本軍が,部落に侵入したので避難した良民だった.この人々は,日本軍隊にみつかったら,どんな暴虐をうけるか,よく知っていた.手あたり次第に,農民を殺し,婦女を強姦する凶悪な強盗どもの目を逃れようとする住民達は,わずかばかりの糧食と水を袋に入れ逃げているため,いつ日本軍がいなくなるか解らない状況には,食うものも食わず,呑むものも呑まず,着のみ着のままで身をかくすのがせいいっぱいだった.ただ,日本軍が遠いところにいなくなる事を願い,それまでは,極度の飢えと,夜の寒さにふるえ苦しまねばならなかった.この苦しい避難の中に,みつからずとも,どれだけ多くの人々が,病に死に,水に渇し,飢えて死んで037いったか,数知れない. それ程の苦しみを耐えながら,家族の生命を守るために,数日前よりめしもろくに食べないで,山に野宿していた,善良な人達だった.

朝からの長い戦闘が始まったのに……戦闘が終わるのを今か,今かと,待ちあぐんでいた,大山附近の部落民という事は,誰の目にもはっきり解った. このような何の罪もない,平和な生活をしている,無抵抗な中国の人を「戦場の掃蕩」と称して「神聖な皇軍」と誇る,日本軍が襲いかかり,大虐殺が,大山,山岳いっぱいに押し広げられ,真っ赤な血に,山はぬりつぶされたのだ.

私が洞から引っぱり出した中国の人は,武器一つもってない,土の臭いのする黒い野良着を着た,陽に真っ黒く焼けた顔をした,三十五歳位の男だった.そのあとから,生まれて何ヵ月もたたない赤ん坊を胸に,しっかり抱きしめた,多分男の妻であろう四十歳前後の婦人が,青ざめた顔をして出てきた.その婦人の足もとに,まとわりつくように,四つ位の丸坊主頭の男の子と,八つ位のオカッパの女の子が,洞の中から,私の銃剣に,おびえながら出てきた.

「よーし……この野郎は八路だな!俺が首を叩き斬ってやる,縛っとけ!」

古川准尉の命令に,私はすぐさま男をうしろ手にねじ上げ縛った.そして,崖下で泣きわめいている十七歳位の少女を捕らえ,こずきあげている,二,三人の小隊の兵隊に男を引き渡した.

赤子をしっかり左手で抱きしめた女の人は,洞の前にひざを折って座ったまま,二人の子供を両わきに,おびえふるえていた.そして縛った男を蹴とばし,なぐりつけ,崖下に引きずっている日本兵の乱暴な動作に,オドオドと口唇をふるわせ,私に向かって,何か解らない事をいった.

038「夫を連れていかれる理由はない.夫は好農民だ!夫を返せ!」と訴えている. 正当な妻の抗議のようだつた.

「我是,好農民!好農民!」という事だけは,中国語のよく解らない私にも,はっきり解った.

まわりのいたいけない子供を私に示して,何回も乱れた髪をふりたて,哀願するその姿こそ,武器をもたない,善良な人々の鬼に対する,精いっぱいの抗議だった.

鴨田!この女も餓鬼も八路の家族だ!殺してしまえ!」

私の背にまわってきた吉川准尉の拳銃をふりまわして,怒鳴る声に,一歩下がった私は,銃剣をもち構え,母子の前に突き出した.私の突きつけた銃剣に,男の子は,火のついたように泣き出し,母親の胸にしがみついた. 女の子も一緒に泣き出し,母親のまわりに固くしがみついた. 母親は子供を背にかばい,必死に,ゴツンゴツンと岩石に額をあて,助けを求めた.

鴨田!なにしている!殺せ!羽田6の仇だ!」

吉川准尉のいらだった声が耳もとに響くのに,弾丸にあたって死んだ羽田への復仇心が,ムラムラと起こってきた.それよりも,もっと殺意が動いたのは,人殺しを何回となく,やっている古兵のくせに,女,子供ぐらい殺すのに躊躇する自分が,意気地なしに思えた.また小隊長の前で,腕のあげどころだと考えた私は,殺す腹がきまると,どのように殺してやろうかという,凶暴な殺気にみなぎっていた.

「どうか許してください……私には子供が……」

039目に涙をいっぱいため,拝むようにして,私の足もとににじりよる女は,血を吐く切実な救いを,侵略者の私に求めているのだ.

「あなたには,父もあり母もある,兄妹もあるでしょう」

と,人の子と思えばこそ,人間の顔をしている私に,いたいけない無邪気な,この三人の子を,可憐と思うならと……私の一かけらの良心を求め,とりすがり,哀訴している. にじみ出た母親の涙の訴えを,私には聞き入れる良心の一片は,どこにも見出せない,けだものだった.

「命令だ!」 上官の命令は,天皇陛下の命令だ,と絶対服従の天皇を崇拝した「大和魂」をつけた私は,まさに,血に飢えた獣だった. キバをむいて荒れ狂った. 私は女の横腹を思い切りけとばした. そして,母の背に,小さくなってふるえ泣き叫ぶ男の子の襟首をわしづかみに,岩石に叩きつけた.

「あいや……小孩子……小孩子!」

母親は,蹴られた痛みをこらえ,狂気のように,岩石の上にあおむけに転がった男の子の体にしがみつき,離すまいと,固く胸もとにかばい,必死になって我が子を守ろうと,突き出した私の銃剣をおさえた.

「クソ!反抗しやがるか!」

いきり立った私は,銃身で母親の顔を力いっぱいなぐりつけた. 「あっ……」と,のけぞる女の顔は,皮膚が破れ,真っ赤な血が顔一面に吹き出した.それでもなおも我が子に近よろうと,赤子を胸に抱き,這いよってきた.

040「孩子……孩子……」と叫ぶ母の声に……

「媽……媽……!」

口から血を吹き出した男の子は,母のもとに四ツ這いににじりよった瞬間,私はその横腹に銃剣を芋刺につきさした.オカッパの女の子が「ワー……」と,顔に小さな両手をあて泣き出すのを,胸もと目がけて芋刺にし,岩石に叩きつけた.

「あいよ……ウ……」

母親は悲しみと憤怒に燃え「鬼子!」と叫んだ. そして血みどろの中でもがき,二人の愛児の屍にしがみついた. 私は,呪いのこもった女の目に,ギョッとして,ひとかたまりになった母子の体を蹴とばし,女の腹を深く銃剣で突き刺した.

せまいの前の岩壁に囲まれた地点は,母子の血が,岩石の間を流れ出し,血だるまとなった母親は,固く赤子を抱きしめ……二人の子供の屍に重なり合い,苦しみもだえ,屍を抱きしめた. そしてだんだん口唇が紫色に変色していく,母親は「オギャアオギャアー」と泣く赤子の声に,薄く目をあけ,血にドロドロに染まった胸の衣を引き裂き,乳房を赤子の顔にあて,がっくりうっぷしてしまった.

万魁のうらみをのんで私に殺された婦人の魂は,永久にその憎しみと呪いは消えない,深い深いこのうらみを,中国の六億の同胞に訴えているのだ.

泣き叫ぶ赤ん坊は,冷たくなった母の胸もとに顔をよせ,乳房を紅葉のような両手をひろげ血の中041を探し求めていた.

親が殺され,姉兄が殺されたのも知らぬ,無心な赤子は,けがれのない純真無垢な,人間の子として,本能的に母の肉体を求め,愛情を求めている.可憐な赤子の泣き声は,永遠に返らぬ母子の,なきがらのように,いつまでも続いた.

血のしたたる銃剣をさげ,荒い息を吐きながら,突っ立った私のうしろから……

「ウッ……よーし,それで良い,今度はこいつの首斬りの番だ!」

吉川准尉の哄笑する,薄気味の悪い声が響いた.そして,私が縛った男は崖下で,吉川准尉の軍刀で首を斬られて殺された.

私は,今……何の理由もなく,ただ「戦争という,公然な理由をつけ」虐殺した,滔天(とうてん)の罪に,深い慚愧と悔悟の念でいっぱいです.


証言 神奈川県 鴨田好司

戦犯の私は,昭和三十一年夏,中国政府の寛大政策の恩恵を受けて祖国に帰ることができました. 現在私には三女がおりますが,長女は嫁し,残った二人の娘たちとささやかながら定年後の生活を送っています.

過去私は戦場で「祖国のため」とばかりにたくさんの中国人民の生命を奪ってきました.

その被害者とその家族たちの心情を思うと,私には一生涯悔いても償いのできない罪の042意識があります. 毎日仏壇に向かって合掌しても消えることがありません.

戦争は人間を鬼に変えるものであることを身を以って体験した私は,自分が生きているかぎり,戦争反対と大きく叫ばずにはいられない思いです.私の戦場で受けた古傷が,老いとともに痛みを増してきますが,私はますます平和を願い,平和のために尽くしたい気持でおります.

1988・10

 

----------------

 

1 Kamota Kôji, Gefreiter
2 Tôkyô
3 Shandong, chinesische Provinz
4 Rizhao, Kreis in Shandong
5 Yoshikawa Teiji, Oberfeldwebel
6 Haneda