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苦しむ者の喉を突き,耳を斬り
毒ガスと掃蕩

佐々木治1


[略歴]

一九一七年茨城2県の一山3村に生まれる.小学校八年を卒業後農業に従事.

一九三八年現役-矢として入隊.約四カ月間ファシスト軍隊教育を受け,同年五月中国領土に侵略し河南4省新郷5附近に幡踞.その後,一九四0年五月より宜昌6侵略作戦に化兵小隊長として参加.


大隊長吉満7の指揮する第一大隊は,聯隊の左第一線として,夜隠密に「敵」前渡河を行った.しかし狂い上がっていた吉満の計画は失敗し,河の中央に中洲のあったことを渡河点と誤り,第一線渡河中隊をその中洲に上陸させ,抗日軍の思う壷に入り,怒りに燃えた抗日戦士の勇敢な反撃によって,前進も後退もできず,徹底的な打撃を受けて渡河は不成功となってしまった.

このように惨敗した吉満は,責任罰を恐れたのか,慌てふためき,ガスを放毒して挽回しようとして,一生懸命に「化兵小隊[本作戦間師団長村上啓作8の命令によって,特別に編成した毒ガス使用専門の小隊,各歩兵大隊に設けられ,その編成は小隊長以下二十一名,駄馬二頭,装備は赤筒〈中〉二十五本,〈小〉四十本,発煙筒三十本〈常備携行〉で,大隊長直轄独立小隊である]長,……前へ……前へ……」と,副官をがなりたて怒鳴っていた.

036当時伍長であった私は,宜昌作戦聞の化兵小隊長という上級職を命ぜられたということに「俺は認められている」と自惚れ上がって,ガス小隊長として「手柄」を立て,金鶏勲章を貰い,軍曹に選抜でなろうと幻想を抱き,常にガスを使って「戦果」を上げようと狙っていた.そのような時に「化兵小隊長前へ」ということを耳にするや,……待っていたとばかり小躍りして飛び出した.

この頃,抗日軍の射撃はますます激しくなっており,誰一人として頭を上げることもできず,遮蔽物を求めて這い廻り,あるいは踏み漬された蛙のように,頭を地にすりつけて,大混乱の状態であった.

そこには苦虫をかみ潰したような苦い面をした吉満が,鉄帽を深くかぶって,図太い体を堤防に押しつけて,化兵小隊長はまだかまだかと怒号を張り上げて,副官を叱り飛ばしていた.

這うようにして飛んで行った私は,「化兵小隊長まいりました」と,早やなる呼吸をおさえ,息せき切って報告した. 吉満は遅いとばかり,「化兵小隊長,……化兵小隊は中洲の前端に進出して速やかに赤筒十本放毒……」と威厳を装って命じた.

この頃,東の空はだいぶん明るくなっており,抗日軍陣地の小高くなった稜線がクッキリと見えるようになっていた.

命令を受けた私は,タ,タ,タ,……ピーピー……プス,プス……というたびに伏せ,あるいは這うようにして夢中で火の中を軍万片手にカナキリ声を張り上げて「化兵小隊前へ……前へ……」と怒鳴ったが,抗日軍の射撃は激しく,思うように前進できない部下に対して,小隊長の威厳を失っては037ならぬと,大声をもって「貴様ら……この位の弾でビクビクして戦争ができるか……」と,やけくそに怒鳴りちらし,気狂いのように軍万を振って,百メートルもあると思われる麦畑を,「畜生……よく射ちやがる」とつぶやきながら,一進一進河岸まで必死でたどりついて行った.

堤防にピタリと着いた私は,ガタ,ガタ胴震いするのをおさえることもできず,早く煙幕を張れと,かねて準備してあった発煙簡十四~五本に,田川9伍長以下五名をもって点火を命じた.

シーシーと発火した発煙筒を,中洲に投げ込み,ポーと黒煙が太く吹き出し,水面低く中洲に広がって行くのを待って「中洲の前端まで前進……」と号令し,傍らに小さくなってまごついている兵隊を突き飛ばすようにして「遅れるな……前進前進」と言って真っ先に堤防を脱兎のようにはね降りて,中洲の前端までまっしぐらに走った.

続いて中洲を這うようにして走ってくる兵隊を,早く早くと言いながら一列に赤筒を配置し,ただちに発火を命じ,赤筒十本を一斉に放毒した.

シーシーと吹き出る薄黄昧を帯びたガス煙は,発煙筒の黒煙を押し切って,勢いよく大きくうずを巻いて流れる白河10の水面を,滑るように朝霧の薄くかかった抗日軍陣地に向かって広がって行き,みるみるうちに,正面百五十~六十メートルの陣地を覆い包んでしまった.

間もなく,牛の背のように小高くなった丘が,北に向かって流れている対岸一面にガスが這いまわり始めた頃,激しい銃砲声をさえぎって「ガス……ガス……」という声が入り乱れ,右往左往する抗日戦士の姿が,ガス煙の中を透してチラチラと見え,騒がしい声が聞こえてきた.

038これを見てとった私は「成功した」と,功績に天狗となり,後方からの猛烈な砲撃を見守っていた.抗日軍陣地を一面に覆っていたガスが次第に窪地に滞留し始めた頃,今まで勇敢に戦っていた抗日軍の射撃は次第に間断となって行った.

猛烈に射ち続ける弾着は,次第に包囲射撃圏を縮小し,ガスが滞留し混乱していると思われる方向に,めちゃくちゃな砲撃が集中されて行った.そして砲弾の作裂とともに,抗日軍戦士の手足が土煙とともに吹き飛び,宙に上がるのを見て「ザマー見やがれ……仇を取った……」と安心したように,「糞……あやうくお陀仏の所だった……」といって渡河するのを待ち構えていた.

堤防で指揮していた吉満のシガレタ声は,ガスが成功したと言わんばかりに「渡河開始」という命令を発していた.これを聞いた私は,田川伍長以下五名に,放毒した空缶の処理を命じ,残った十五名を指揮して,速やかに船に飛び乗った.この時渡河を指示していた副宮より「化兵小隊は,渡河後直ちに左窪地の掃蕩を行うべし」という命令を受けた.


この頃,東の空高く昇った五月の太陽は,雑草のまばらにはえた小高い丘の斜面に点在する土鰻頭が,砲弾で跳ね返され,無数の弾痕は大きな穴を作り,黒い土がばらまかれたうえに,燃ゆるように強い光を注いでいた.そこには最後まで勇敢に戦った,抗日戦士の屍が点在していた.

これを見た私は,軍万を片手に振りかざし,先頭に立って左窪地に走って行った.そこはまだガスと砲弾の硝煙が鼻を突き,臭気がただよい,不気味な悪寒を覚えるほどであった.しかし最後まで039勇敢に戦ったのであろう,そこには二十数名の抗日戦士がガスに窒息し,血を吐き,鼻汁を出し,あるいは半死半生の状態で,濡布で口を覆い,鼻を覆い,身に数カ所の傷を負いながらも,あくまで闘魂に満ちて,銃を固く握り締め,点在する崩れかかった土鰻頭にもたれ,恨みと怒りに燃えて,そのままウツ伏していた.そこには一面鮮血に染められた体を支えながら,附近の地面と雑草を真っ赤に染めて這いずっている,若い抗日戦士たちの祖国を守る崇高な闘魂がみなさっていた.

これを見た私は,「オーイ,戦果だ戦果だ」と大声を張り上げて,「片っ端から突き殺せ」「突け」と命令し,自ら真っ先に土鰻頭にウツ伏している抗日戦士を「糞……よくも皇軍に反抗しやがった……このごくどう奴」というが早いか,軍万を力一杯振り上げて,後から首をぶち斬った.

それと前後して,十五名の部下は一斉にワァーとカン声を上げて突っ込み,……ヤァーヤァーと悲情な声を出して,仮標刺突でも行うかのように突き刺し,二十数名の抗日戦士を突き殺した.狂い上がった古兵は,補充兵に気合を入れ,「突け突け」と号令をかけ,二回も三回も刺突訓練を行い,そのたびに補充兵の震えた悲憶な「ヤァーヤァー」という声が窪地に伝わって反響[こだま]していた.

血を見た私は,ますます狂い上がり,血のしたたる軍万を片手に「この辺をもっと捜せ……」と命令した.クモの子を散らすように走り出した部下は,ガスがただよい,臭気を放っている交通壕を,野良犬のように覗き込み,抗日戦士を見つけ次第,死んでいようが生きていようが,見境なく「ヤァーヤァー」と突き刺している.

自らも手当たり次第「突き刺し,ぶち斬り」少しでも息をしているものなら「こいつも生きて040いやがるか?」といって軍靴でけりちらし「このくたばりぞこねが」と嘲けるようにして,軍万をのどに,あるいは腹に突き刺した.耳を斬り,手をぶち斬って,得意満々となり,肩をいからして部下に「まだ生きているのがいるから,よく見ろ」といって狂い廻った.


このようにして,祖国を守るために白河で勇敢に戦った抗日戦士を,大量の放毒と砲撃によって,見るも無残な状態に陥れ,野蛮にも,これを虐殺したのだ.そして,私はこれがもっとも度胸のある,勇敢で英雄かのように考え,しかも自己の手柄とし「戦果」であるといって,傲りたかぶっていた.なんと,これが人間性の一片もない鬼でないと,誰が言えるだろうか.中国人民と抗日戦士の恨みと怒りは,この白河のうず巻きとなって,永遠に消えることなく,流れて行くであろう…….

 

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1 Sasaki Hajime
2 Ibaraki, japanische Präfektur
3 Ichiyama, in Ibaraki
4 Henan, Provinz
5 Xinxiang, in Henan
6 Yichang, Stadt in Hubei, am Jangtsekiang oberhalb des Drei-Schluchten-Staudamms
7 Yoshimitsu, Major, 大隊長
8 Murakami Keisaku, 三九師団長
9 Tagawa, 伍長
10 Baihe -- Der Hai Fluß (auch bekannt als Pei Ho), fließt durch Beijing und Tianjin in den Bohai-Golf.