Springe direkt zu Inhalt

1

子どもの肩をえぐり池へ投げ込む
けだもの

斉藤銀松1


略歴

一九一二年愛知2県名古屋3市の貧農の家に生まれる.

高等小学校卒業で労働者となり一九四0年十二月一日,志願兵として入隊し一九四0年十二月十一日,中国山東4省に侵入し分隊長,上等兵としてこの罪行を行った.


私の所属する第四四大隊第四中隊が,山東省舘陶5県の百戸たらずの小さな村を襲撃した時の事である.

中隊長千葉6中尉の突撃の命令で,兵隊は高梁畑をぬって銃剣をひらめかしながら,部落に乱入した.私達が部落に着いた時は,静まりかえって人影一つなかった.

兵隊達は安心も手伝って思い思いに民家に入って行った.

さっきまであんなに静かであった村が,たちまちのうちに扉を打ち破す音,釜や長持をぶち壊す音,豚や鶏のけたたましい悲鳴……部落は大地震のあとのように,めちゃくちゃになってしまった.

私は大きな池の畔にある,小さな家に入っていった.

家の中は,足のふみ場もない程に農民の生きて行くにはなくてはならない農具や食器,釜,カメ009すべての物が無残にもたたきこわされていた.そして釜どこの所には,高梁粉と木の葉で作った,真っ黒い鰻頭がころがり出ていた.

じっと見つめていると,どこからかかすかに子供の声が聞こえてきた.私は散らばっている乾草を銃剣でひっくりかえしているうちに,野菜蓄蔵庫らしい穴を発見,ぐっと銃を握りなおして,うす暗い穴を用心深くのぞき込んだ.

穴の中では逃げおくれた三十五,六歳の乱れ髪の婦人が,九歳位の男の子をかばうように,ぐっとだきしめ守っていたが,その左手からは,真っ赤な血が流れ,婦人の目は憎悪にみちてうるんでいた.

一目でこの婦人が日本兵のためはずかしめを受けている事が,私にはすぐ解った.畜生もうやりやがったな.私は辺りを見まわし,人のいない事をたしかめると,とっさに婦人に猛獣のように襲いかかった.

どうなるかと恐怖と不安の瞳で,私の動作と母親の顔をかわるがわるに見ていた子供が,ウワーッと大声で泣き出した.しまった……私は思わず平手で子供の口をふさいだ.だがその泣き声はますます大きくなるばかりであった.

畜生……こやつがいては……そう思うと,私はもうがむしゃらに,子供を婦人の手から奪い取ろうとした.私は子供さえ殺してしまえば,万事は思うままになるものと考えていたのだ.

だがせまい穴の中で,婦人の必死の抵抗に出会った私は,子供を婦人の子から奪い取る事はできなかった.

010いよいよあせりを感じてきた私は,婦人を蹴り倒すと,真向からおおいかぶさった.

こうした私の恥知らずなケダモノのような行為に,婦人は激しい怒りをこめて,必死に腕にかみつき,つばをはきかけて,私に抵抗した.しかし,とうとう力づくで私にはずかしめを受けた婦人は激しい憤怒と差恥にどっと泣き伏してしまった.

この時,表で「どこだ,どこだ」という声が聞こえてきた.

しまった,誰かが子供の泣き声をかぎつけてきた.わたしは,ちょっと狼狽したが,やにわに泣きふしている婦人の乱れ髪をつかむと,悲鳴をあげる婦人を,ぐいぐいと表に引きずり出した.

表には,小隊長の常磐中尉と,当番兵の深沢7一等兵が婦人と私を見ながらつったっていた.畜生,悪い奴が来やがった.そう思いながらも,いかにも真面目くさった顔で「小隊長殿,こやつは自分が入って行くと反抗してきました.反抗する奴は,八路に違いありません.だから引っぱり出して今,調べようとしていた所です」と報告した.

小隊長は笑顔で大きくうなずいた.

何と馬鹿げた事であろう.だが日本軍隊の間では,どのように犯そうと,,それが八路だ……と言えば,すべてが良い行為とさえなってしまうのだった.

小隊長は八路の女と聞いて,待ちきれないかのように,裏の広場に婦人を軍万にものを言わせて,追いたてて行った.

やがて広場の池の畔に着くと,小隊長は婦人を無理矢理に座らせた.

011婦人一は静かに座ると,子供の小さな靴をぬがせ,自分の靴と一緒に大きな柿の根株の所に,親子の靴ををきちんと並べて,そっと置いた.

いったい婦人は何のために,このようなことをするのであろうか.人間性を失っていた私には,婦人の心情などみじんも解るはずもなかった.

やがて小隊長はぐっと軍刀を婦人の眼の前に出し,一方では無造作に農民から奪い取った大量の紙幣を見せびらかしながら,横柄な態度で口火をきった.

「お前は殺される事を欲するか?それとも幸福な生活を欲するか?」どちらを選ぶか……とつめよった.

婦人は憎しみのこもった顔で「もともと私達は平和な幸福な生活を願っている.だが平和と幸福を奪ったのは,お前達ではないか……」ときっぱりいいきった.小隊長はあせりに歪んだ笑みを無理に見せながら,「だが今となっては,お前達には兵器のかくし場所を教え日本軍に協力する事のみが,幸福になれる唯一の道だ.どうか?この金で親子楽しく暮らそうとは思わないか?これでたらなかったらもっとやるぞ」という意味のことをいって,婦人に金をつかませようとした.

だが婦人は決然とその手をはねのけて,「私は農民の妻だ,いくら山程金を積んでも,知らない事はいう事はできない」と,きっぱりとはねつけてしまった.

それでもこりずに,小隊長は同じ事を馬鹿の一つ覚えのように,何回も何回もくり返して言った.

だが婦人の憎しみはかえって昂ってきて「知らない,知らない」と言うだけであった.突如,012いらいらした小隊長の声は荒くなってきた.

よーし,今だ,自分の「忠実さと勇敢さ」を小隊長に認めさせ,立身出世を企んでいた私は,小隊長に婦人を拷問させてくれと要求した.

こうして小隊長と変わった私は,いきなり婦人を土靴で蹴り倒し,無理矢理に婦人の手から子供を奪い取ると,素早く何も知らない子供の咽喉部に銃剣を突きつけた.

私のこうした行為に歯をくいしばり,握りしめたこぶしをふるわせ,激しい怒りに燃え上がりながらも,婦人は涙をのんで,私の所におよぐようにして来ると,何回も何回も頭をさげ哀願するのだった.

こうした婦人に,私はこの時とばかりに,どうか子供が可愛くはないか?可愛かったら兵器のありかを言えと婦人にせめよって行った.

婦人ば頬を流れ落ちる涙をふきもしないで,ジーッと私をにらんだまま何も言わなかった.当然知らない事をいえようはずはなかった.

そうだのに,私は「畜生,強情な奴だ,もう一息だ……」そうつぶやくと,深沢一等兵に婦人をおさえさせ,私は剣先で子供の肩をえぐった.キャッ……という子供の悲鳴に,刀傷から泉のようにふき出る鮮血が見る見るうちに子供の服を真っ赤に染めてしまった.

気狂いのように,婦人は「畜生,何するんだ,子供に何の罪があるんだ……」といい放ったかと思うと深沢一等兵を突き飛ばし,素早く子供をかばい,歯を食いしばって私達をにらみつけた.

013私のこうした人間の良心では考えられない行為をさっきからニタニタしながら見ていた小隊長は,私に「もう少しだ,これが成功したら進級だぞ!頑張れ」と,励ましていた.

私は「ハイ!」と答えると,飢えた狼のように,再び婦人に襲いかかって行った.そして婦人を銃でぶんなぐり,ねじ倒し,子供を奪い取ると,深沢に子供を渡し,必死に抗議する婦人を,池の中に投げ込んだ.

小隊長は手をたたかんばかりの上機嫌であった.

ちょっとの間,婦人は姿を見せなかったが,すぐぬれネズミのようになって立ち上がった.水は婦人の胸の深さ位だった.

婦人は両手を上げ,水の中でもがきながらも「孩子,孩子」と我が子を呼び続けるのだった.

こうした婦人に暖かい手をさしのべるかのように,幾千幾百本のしだれ柳の枝がたれさがっていた.婦人はそれにつかまり,ぐっと土堤に近づくと,懸命に上がるのだった.

「畜生,上がらせてたまるもんか」と私はもう完全に気を失っている婦人の所にかけよって泥靴で,婦人の頭をけり飛ばした.婦人は再びずるずると,池の中にすい込まれるように,姿を消して行った.

さっきから母親のこうした状態に,子供は声の限り「お母さん,お母さん」と涙とともに呼び続けていた.

母親は我を忘れて,かすれた声で子供の名を呼びつつ,なおも必死に土堤にはい上がろうとするのを,私は婦人の乱れ髪をぐっとつかむと,続けざまに頭を水中にねじ込んだ.そして一方では,深沢014に子供の背中を殴りつけさせた.子供は悲鳴とともに倒れ,苦しい息の間から「お母さん,お母さん苦しい……お母さん」と呼び続けた.

母親は怒りに燃え,「畜生,子供になんの罪があるというのか.このケダモノめが,この仇は必ずうってやる」

「私と子供を殺す事ができても,私には夫もいる,兄弟もいる,そして幾億という中華民族がいる.必ず私達の仲間によってお前達をおだぶつにしてやるんだ」 婦人の火をはくような憤怒の叫びは,村や林や果てしなく続く畑にひびきわたって行った.

恐れおののいた小隊長と私は,ますます凶暴となっていった.こやつもどうせ八路の卵だ,そうわめくと私は,母を呼び,もだえ苦しんでいる子供の襟首をつかむなり,自分の頭の上に持ち上げると水中めがけて投げ込んだ.母親は必死になって子供を探し,ようやく子供を救い上げた時,パン……という銃声とともに,私と小隊長の射った小銃弾は,婦人の胸をえぐった.

ザクロのようにパックリと開いた弾傷から出る鮮血は,大きな池の水を真っ赤に染めた.だが婦人は,息の絶えるまで,子供を水の上に上げ,ぐっとだきしめていた.

そしてこうした悲惨事を,親や夫に,また村人につたえるかのように,婦人と子供の靴が池の方向を向いて並んでいた.

 

----

1 Saitô Ginmatsu, Gefreiter
2 Aichi, Präfektur
3 Nagoya, Stadt in Aichi
4 Shandong, chinesische Provinz
5 Guantao (Guanyao), Kreis in Dongshan
6 Chiba, Oberleutnant
7 Fukazawa, Gemeiner