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「兵がたりない」泣き叫ぶ中隊長
八路軍の反撃

八木煕四郎1


[略歴]

年齢 三十八歳

本籍地 長野2県上水内3

出身階級 半農半労

最終学校 尋常高等小学校

固人出身 日本通運会社仲仕労働者

旧所属 六十三柿団六十七旅団八十一大隊機関銃中隊

職務・階級 人事係 曹長


一九四二年十月三十日は明けた.遥か西方には長城4線の灰色になった巨姿が起伏し,どこまでも続いていく.

古石崎5部落西側空き地にずらりと並んだ,独立混成第十五旅団八十一大隊三中隊岡島6討伐隊は,旅団の作戦行動に基づき,この附近一帯を無住地となす計画のもとに,中隊主力を二つに分け,一隊は中隊指揮班,第二小隊,機関銃分隊を合わせ,四十余名は,岡島中尉が指揮して古石崎東方四キロ某部落に.他の一隊,井出7中尉の指揮する第一小隊は,古石崎西方二キロの某部落に,それぞれ行動を開始した.

中隊主力が行った部落には,兵器も糧稼もなかった.昼前に古石崎に引き返し,昼食を始めた所を,八路軍の襲撃に逢い,中隊はあわてふためき,南側にある百五十メートル位の山に逃げ上がった.

075西方に向かった井出小隊は,某部落につくと,部落掃蕩を始めた.不意の日本軍の侵入に驚いた部落の人たちは,西方に逃れた.日本軍は至るところで家捜しを始めた.私も扉を蹴り倒し,家の中に侵入し,入口にあった釜一つ,水がめ一つ,茶わん数個を「こんなものを残しておいたら八路軍に使われる」と言って,足で蹴飛ばした.

この時,井出中尉は,部落に放火することを各分隊長に命じた.私は部下をひきつれ,部落の東側から火をつけていった.高梁桿,粟桿,その外の燃えそうなものは何もかまわず家の中に放りこみ,棒の先に粟桿を結びつけ,火をつけて家の四隅から燃やしていった.火は天井の割木に燃え移り,たちまちぱっと広がり,真っ赤な大きな舌のようになって,窓からごーっとうなりを立てて風を起こし,飛び出して行く.

その時一人の老人が「あいやー」と泣きながら私の所へ飛んできて,手を左右に振り「好老百姓」だ,家を焼かないでくれ,と手を合わせた. 「何をする,うるさい」と足で蹴った老人は,よろよろと,二三歩泳ぐようにして倒れたが,立ち上がると,今度は私の手にしがみついてきた.そして「あいやー」と泣きながら体をふるわしている.その力の強さにびっくりした私は,振りはなそうとしたが離れない. 「こん畜生」 全身の力を払ってどんと突いた.老人は仰向けにどっと倒れ,うーんと目を白くして動かなくなった.

「とんだ骨を折らせやがった」 つぶやきながらそこを出たところへ,小隊長がきた. 八木分隊は山へ登って警戒しろ」 私は急いで部下を集め,山に登った.その時は部落の四方から煙が立ち上がり,

076兵隊のわめき罵る声にまじって,婦人や子供の泣きさけびがあっちこっちの家から聞こえてきた.

真っ赤な炎は風を起こしてごうごうと音を立て,みるみるうちに火の海となっていく. 「おうよく燃える,これで八路軍もいなくなる」 軽機関銃手の松村8をかえり見てあざ笑った.時折物のはねる音が,私の胸を打つ.

「おい松田9一等兵異常はないな」 銃をかまえ,北を向いていた松田は,「はい異常ありません」と答えた.


しばらくして,突然東方遥か山上で,ハーンと銃声のような音がこだましてきた.私の心臓はどきんとした.急いで音のした山上を見つめた.だが何も見えない.変だなあと思いながら,部落に目をやった. 井出中尉が眼鏡を目に当て,東方を見ている. 「小隊長殿」 大声を出して呼んでみたが,ごうごうと鳴っている炎で消されてしまう.

すると,今度は私が立っているすぐ頭の上でパーンと音がする.はっとした私は,頭の上に目を向けた.つづいてまた一発. 「あっ敵だ」 二百メートル位の所を,二人三人とこっちに向かって下りてくる.北からも黒い人影が稜線を伝わってくる.こりゃいけねぇ,「おい俺の後についてこい」.部落の東側にころがるようにして駈け下りた. 「小隊長殿」 呼んだが誰もいない.私は迷ってしまった.どうしたら良いだろう,初めて敵とぶつかったので,足がガタ,ガタふるえた.

ここにいては危ない,古石崎まで逃げよう,中隊がいるかもしれない.部下をせき立て,畠の中を077一目散に駈け出した.

ピューンピューンと弾丸が飛んできて,足元でブスブスと砂煙が上がる. 「おい松村,軽機関銃は交替してかつげ」 「おくれたら最後だ」 振り向いた私の目に,八路軍の背嚢を背負ったかたまりが,追いかけてくる姿がうかぶ.私は必死だった.気はあせっても,足が思うように動かない.小石につまづき,何回もころんだ.誰の顔も土色だ.背後から鬼子……快走……と鋭く耳をうつ.怒り狂った弾丸はやたらに私の肩や耳元をかすって前へ飛んでゆく.八路軍の弾着は素晴らしく正確だ.止まっては走りした.

「もう駄目だ」 私はとっさに襟章をむしり取って畠の中に投げ捨てた.それは八路軍につかまって調べられた時,分隊長だということが分かれば,なぐられ蹴られひどい目に逢わされ,殺されるに違いない,こうしたら欺くことができる,と考えたからだった.そして部下にはかまわず,どんどん駈けた.

ところが運悪く八路軍の一隊が右へ廻り,稜線を南へ移動し始めた.その時左前方には山が現れてきた.八路軍に占領されたら大変だと思った私は,急いで左側から山に登り始めた.この時はもう八路軍との距離は三百メートル以上もはなれていた.

もう大丈夫だ,山の上には味方が動いている.私が登った反対側東方ずっと下の方からダダダ……と機関銃の重い音が聞こえてくる.雑嚢はどこかへ振り落としてしまい,水筒の帯だけが残っている.ああのどがかわいた,水が飲みたい.だがそんなところではない.山上は大混乱に陥っている.

078私の足は知らぬ間に東に向いている.すると下の方から背を丸くし,雑木をかき分け,ふうふう言って誰かが上がってくる.よく見ると機関銃の属品箱を持った中隊長だった.私は親にでも逢った時のような気持ちで走り寄った.

「中隊長殿,井出小隊はばらばらになってしまいました」 中隊長は軍万を左手で握り,属品箱をがちゃがちゃふるわせて「何,小隊長はどうした」と私を睨んだ.私はどう答えてよいかと言葉につまった. 「はっ,ちょっと見ただけで分からなくなってしまいました」 顔中青ざめ,口びるをびくっと動かした中隊長は,右手を私の鼻先に突き出し「機関銃分隊長は負傷した.八木伍長はすぐ交代しろ」ふるえる声だった.私は属品箱を受け取ると,岩の蔭に身を寄せた.

八路軍の一斉射撃はまた始まった.天地をゆり動かすかと思われる. 岡島中尉はあわてて中腹に立ちならんでいるくぬぎ林に駈け込んだ.そこへ,待ちかまえていたチエッコ弾が,ダダダ……と軽い音を立て後を追いかける.伏せろ,私は兵をどなった.遠くの方でワーという声が上がると,腹の底までしみ渡るようなラッパ笛が一斉に鳴り渡り,白地にX印の入った旗を左右に降っている.畜生,ブスブスパチンパチンと岩といわず木といわず,雨のように飛んでくる.私は松並木に向け,二,三連めくらめっぽうにぶつ放した.中隊長が左に動けばバリバリ……右に行けばバリバリ……全く八路軍の弾着は正確だ.生きているようだつた.

私は岩にぴったりと張りついたまま,少しでも動くことができない. 「中隊長殿,動くと危ないです」と,私が叫んだ時,バリバリ……ものすごい音を立てて飛んできた弾丸に,くぬぎの木が中程079から折れ,頭の上に落ちてきた.背中をさっと冷汗が走る.中隊長は泣きながら叫んだ. 「中隊討伐じゃ無理だ.兵が足りない.おい指揮班長はいないか.無線手はどうした.早く中隊に連絡しろ」 弾丸は中隊長に集中してくる.怒りの銃弾は山中に轟き渡った.距離は二百メートルそこそこだ.それにこっちが低いから手に取るように見えるらしい.

その時,西方すぐ頭の上でパチンと変な音がした.私ははっとなって,その方へ顔を向けた. 「あっ,襲撃だ」 急いで銃口を向けた.東側に気を取られていた小銃手は,新たな八路軍にきもをつぶし,ばらばらと後退した.

中隊長は,岩にしがみついたままどなりつけた. 高橋10少尉,なぜ引き下がるか,突っ込め,突っ込まぬか」 そして私の方へ顔を向け, 「おい機関銃,機関銃は何をしている.射て射て」 高橋少尉は地べたに顔をすりつけたまま返事ができなかった.

手榴弾が後から後から転がり落ちてきて破裂する.日本軍はそれを伏せながら見るだけで,どうすることもできなかった.私はどうしてよいか分からず,ただおそろしさにぶるぶるふるえるだけだ.もう最後だ,だが死にたくはなかった.何回か服の物入れに手を突っ込み,御守札を握りしめた.どうか弾丸があたらないように,命があるように八幡様を心で拝んだ.頭を上げて敵情を見ようと何回も思ったが,そんなことをして弾丸にあたったらおしまいだと考え小さくなっていた.

「おい金田11一等兵,目標は山の上だ,射て」 ダダダ……銃口から火が吹き出した.弾丸は山を越したのか,少しも分からない.中隊の虎の子はさっぱりだ. 「どこを射っているのだ,もっと左だ」

080次の瞬間,八路軍の新手は加わった.

山上に目をやった私は,そこに拳銃を腰に下げた一人の指揮官が現れ,こっちをぐっと睨みつけたのを見た.その目は何者をも圧しつぶすほど鋭い,全身がまるで鉄ででもできているかのようだ.ばかに落ち着いている.私は考えた.これはよほどの大物に違いない.すると指揮官は腰をひねり,左手を後ろに廻したかと思うと,左手に五発の手榴弾を振り上げ,投げんと身構えた.ぎくりとした私は,急いで銃を左に移動させ,目茶苦茶に射撃した.ガァーン,ものすごい音がしたと思うと, 「あっ」,四番射手金田は腰をやられ左に倒れ,小銃手の何人かが「ぐあっ」と人間とも思われない声を出したかと思うと,ばたばた倒れた.

その時,彼の指揮官も頂上で倒れたと思った刹那,上から身体の小柄な一人がぽっと飛び出してきたと思うと,彼の指揮官の側に走りより,だき起こすと,身体を左脇にかかえ,拳銃をぐっとこっちに向け,突き出した. 「ああ,危ない」 私はあわてて岩の蔭に身体をかくし,中村 をどなりつけた.

「射て射て,早く射て」 中隊長は,またどなった. 「擲弾筒はどうした.おい高橋少尉」 打江一等兵は射とうとしたが,弾丸はなかった.弾嚢の中には,弾丸の代わりに紙屑が一杯つめであった.

打江は自分の手榴弾を一発発射した.弾丸は十数メートル先の木の枝に引っかかり,昧方の頭の上で破裂した.中隊長は「危ない高橋少尉,榔弾筒をもっと有効に便え」 「はい」 かすかな声を出したが,どうしょうもなかった.地べたにぽつぽつと砂煙が上がり,肩から綿が飛び出している.

この山上は,日本軍にとって最も重要な地点であった.これを奪取されたら全滅だ.八路軍の攻撃081は東と北から一斉に猛射しておいて,この西方山上より稜線づたいに攻撃し,三回にわたって占領した.日本軍はそのたびに悩まされ,多くの戦死傷者を続出した.機関銃弾は山を越えて飛んだ.岩に当たった破片が,私の顔に飛んでくる. 「あっ」やられた.私はあわてて顔をこすってみた.それは岩の破片だった.八路軍も昧方もほんのちょっとの間沈黙した.時々小銃弾が,ひゅーんと頭の上をかすめて飛んでいく.どうやら下火になったらしい.私はやっと胸をなで下ろした.だが,いつくるかわからない.警戒兵を出し,厳重に監視させた.


夕方近くなって,勇壮なラッパの音が向こうの山からこっちの谷に響き渡ってきた.畜生,またくるか.だが,もう射ってはこなかった.南側の山で白い旗を振っているのが,かすかに見えてきた.これは八路軍の引き上げの合図であった.もうすっかり暗くなった.部落の中からぱっと燈りが見え出し,それが点々と北方へ伸びていく.

「あっ,のろしだ」 私は思わずつぶやいた.この時になって初めて,部落を見下ろすことができた.その燈りがこっちの山に反射してきた. 「まだ八路軍は引き上げてはいないぞ」 私は燈りを目標にして,一連ばかり腹いせにぶつ放した.だが何の手応えもなかった.

何だか馬鹿にされたような気がしてならなかった. 「八路軍に負けてたまるものか」.くやしさ,悲しさ,おそろしさが一緒になって,頭の中をぐるぐる廻り,混乱してしまい,ただぶるぶる震えるのを押さえることができなかった.山上は物音一つしない.誰もが同じ気持ちだった.ただ負傷者の082うめき声が,高く低く,「小隊長殿」「班長殿」「お母さん」と聞こえてくるだけだ.八路軍は北方へ静かに移動していく.かがり火は消え,山上には黒々とした闇がおおいかぶさってくる.


一九四三年四月中旬,独立混成第六十七旅団温井12第八十大隊長は,旅団命令00号糧稼収集作戦を展開した.八十一大隊第三中隊長岡島中尉は,京漢13線保定14駅北西00キロ太行山15一帯へ進撃を開始した.日本軍の行く先々には,壊れた家屋,焼かれた傷あとからこげくさい煙が,まるで悪魔のようにくすぶっている.突然先兵が「中隊長殿人が逃げていきます」と叫んだ.前方山間を人影が走って行く.目の色を変えた岡島は,「一人も逃がすな捕えろ.」 隣に居た通訳が「来々」とかん高い声を張り上げたが,住民連は次々表われては消えていく.これに怒った岡島は,威嚇射撃を小銃手に命じた. 「パパーン」 銃声が谷間にひびいた.これに勢いを得た兵隊は,いっせいに部落突入,あっちの家間,こっちの物かげから住民をひきずり出し,部落の外れ空地に集めた.

岡島は一人の老人の肩を軍万で突き,「お前達は何故逃げた」 「我的老百姓不知道」,老人は岡島の顔をぐっとにらんだまま,口を開かない. 「何故だまっている.言わなければ殺してしまう」.今度は胸をいやというほどけりつけた. 「アイヤ!日本鬼子」と叫ぶと,どーんと後に倒れた. 「おい指揮班長水をぶつかけろ」 田中曹長は「はい」と言うと,どこからかバケツに入った水を持ってくると,ざーと頭からぶつかける.老人はぶるぶる083手足を動かし何か言おうとする「もっとぶつかけろ」の怒号に,一ばいこはいとかけられ,目をぐっと見開き,うーんと悲痛な叫びを田中に向け,そのまま動かなくなってしまった.

「ざまあ見ろ」 田中はあざ笑った.

これを見た岡島は,あの大きな目玉をごろつかせ,私に「おい機関銃分隊長全部殺してしまえ」 「はっ」私はこの時とばかり,四番射手に威嚇射撃を命じた. 「ダグダ」 重い銃口から火がふき出し,銃声が谷から山へこだました.住民達,かれこれ四,五十名はいたと思う,その場にいっせいに伏せた. 岡島はなおも顔を真っ赤にして,殺せ殺せとわめく.次の瞬間,前後左右ばたばたと倒れ,「あいや」「ううー」「日本鬼子」,悲鳴と,女子供の泣き叫びが入りみだれ,乳呑子を抱いた母親の胸は,真っ赤に染まり,正に血の海と化し,人々の泣き叫ぶ声のみが,いつまでもつづいていく.

「うーんこれで良し」 「出発」 中隊長の号令に,日本軍は次の戦いを求めて進撃を開始した.


このようにして,日本軍は何の罪もない中国の民衆「老人婦人子供また病人」を,逃げたという理由で,虫けらのように殺して行ったのであります.私自身例外ではなく,五年半にわたり,中国の至る処で,数々の罪悪を犯し,戦争だから仕方がなかったと理由をつけ,反人民的な行為をしてきました.それにもかかわらず,中国政府と中国人民は,私に対し,鬼から人間へと立直らせてくださいました.

084昭和三十一年七月,中国政府の寛大政策により,日本に帰ることができました.

昭和三十二年春結婚し,第二の人生をふみ出すことができ,この間男女二人の子供をもうけました.現在長女は他家へ嫁し,男の孫一人この春四才になりました.長男は長野市の電機会社に勤め,まだ独身です.妻と二人で毎日をたのしく暮らして居ります.今後私は,この戦争の罪悪を二度とくり返さないために,反戦平和日中友好のため,尽くす決心で居ります. [1989・2]

 

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1 Yagi Kishirô, 曹長
2 Nagano, japanische Präfektur und Stadt
3 Kamiminochi, Landkreis in Nagano
4 Changcheng ("Große Mauer"), auch: Kreis
5 Gudanqi (Gushiqi), Siedlung
6 Okajima, Oberleutnant, 独立混成第十五旅団八十一大隊三中隊
7 Ide, Oberleutnant
8 Matsumura, 軽機関銃手
9 Matsuda, Gemeiner
10 Takahashi, Leutnant
11 Kaneda, Gemeiner
12 Nukui, 独立混成第六十七旅団第八十大隊長
13 Jinghan, Bahnlinie (von Beijing nach Wuhan)
14 Baoding, Bahnhof an der Jinghan-Bahnlinie
15 Der Taihang Shan ist ein Gebirge in den nordchinesischen Provinzen Shanxi und Hebei. ... Durch ihre Lage westlich beziehungsweise östlich des Taihang haben die Provinzen Shanxi (westlich der Berge) und Shandong (östlich der Berge) ihre Namen erhalten.