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いつわりの「無敵皇軍」
惨敗

吉川良二1


[略歴]

本籍地 石川2県金沢3

文化程度 十四年

入隊前職 業建築技術員[会社員]

入隊 一九三九年一月十日

職務及び階級 元一一七師団歩兵八十七旅団独歩二0四大隊本部・情報主任・中尉


一九四0年十月五日,独立混成一旅団独歩七十三大隊の三中隊長,山根4中尉は曲周5県域の南十数キロ,安児寨6に約四百の八路軍がいるという情報を入手し,各分屯隊長からも兵力を集め,約百三十名の討伐隊を編成した.当時,この曲周県は大隊中でも八路軍の勢力が最も強い地区であり,県城を数キロ離れると,抗日の民兵や八路軍の小部隊との戦闘を覚悟せねばならなかった.まして十数キロも奥に入った安児寨は県境に近く,日々の情報では千に近い大部隊が躍動し,時には八路軍の旅団司令部の位置とさえされた所であった.普通の頭の将校だったら,そこまでは行きかねるのだったが,日頃,十倍の八路軍と闘えると豪語し,また近く大尉の進級を目当てにした山根中隊長は,四百の八路軍を攻撃して,その大戦果を夢見た.

翌日,翠明とともに安児寨に決死の勢いで突入したが,薄暗い街路に犬一匹いなかった.さんざん065この村を荒し,朝食を終わった討伐隊は,途中の村を焼き,昼に近い頃,曲周県城と邱県域をつなぐ軍用自動車道路の中間に出た.

ここで中隊長は邱県分屯隊から集めた三コ分隊を邱県に帰した.この三コ分隊をぬかれて,私の小隊は一コ分隊,小隊長以下七名の小隊になった.昼食は県域に帰ってからということにして,自動車道路を歩き始めると,特務隊を指揮していた補助憲兵の上田7が息せききって飛んできた.そして中隊長に飛びかかるように,「特務隊がいま八路に包囲されています.なんとかしてください……」とせき込んでいる.話の様子からみると,討伐隊の後方から特務隊は解放区の農民の合作社をさがし,そこに集積してある綿花や食糧を,馬車に積んで掠奪し,積みきれないのは焼いてきた.それがため,討伐隊からひどく遅れて,追撃してきた八路軍に包囲されたらしかった.

補助憲兵の上田にせき立てられながら,中隊長はもと来た道を北馬店8の方へ討伐隊を進めた.


ものの三十分も経ぬうちに,尖兵は追撃してきた八路軍の網にかかって,軽機・小銃の音が錯そうした.

弾がピュン,ピュンと空を飛び,機関銃の駄馬がはね廻った.中隊長の命令で,私以下七名の小隊は尖兵の左に展開した.前方の視野をさえぎる高梁畑を潜って,左に見える大通寨9の村を占領した.前方にある尖兵はしきりに軽機を射ち続ける.

私は壕から乗り出し,双眼鏡で前方をじっとみつめた.棗におおわれた大通寨の村を,そしてさらに066右の村へ眼鏡を転ずると,この二つの村を通ずる交通壕の盛り土の後に,緑色の軍服を着た八路軍の大部隊が三,四百人はいるだろう.堂々とその先頭に国民革命第八路軍の団旗,青天白日の浮き出した団旗を風になびかせて前進してくる.この隊伍の威風と人数,それに較べて私以下七名,中隊全部でも百名足らず.無敵皇軍とはいえ,私は大慌てに慌てた.ただ頼みとするのは山砲と重機だった.それは日本軍にあって,八路軍は持っていないと知っていたから.

私は小隊の唯一の兵器・擲弾筒に最大射距離をかけて,射撃を命令した.六百メートル以上は届かない擲弾筒の榴弾は,八路軍の隊伍のはるか前で畠の土をふき上げるばかりだった.数発射ったが,あまりに無駄なので射撃をやめ,中隊長へ伝令を走らせた.八路軍の隊伍は大通寨の村に入ってゆく.大きく展開して包囲の態勢をとっていることが判断できた.

包囲!!平地の戦闘では致命的打撃だった.思わず背筋に冷たいものが走る.交通壕の盛り土にかがんだ小隊を,横から芋刺しにするように,大通寨の方向から小銃弾が飛んでくる.みなは一斉に壕内に飛び込んだ.この交通壕で,八路軍の前進を食い止めることが小隊の任務となった.

この壕は私のいるところから二百メートルばかり前のところが土崩れとなって,そのそばに小さな棗の樹が一本立っている.そのむこうを八路軍の兵士の緑色の軍服が,一つ二つ,また二つと前かがみでこちらに前進してくる.今度は擲弾筒でこの八路軍を射撃した.射距離は二百メートルにちぢまった.慌ててるのか,なかなか壕の中に命中しない.また不発弾が多い. 「落ちついて射て」と何回もいうが,私自身が落ちついていない.急に後に山砲の射撃する音が,棗の樹の附近に砲弾が怍裂し,そのあたりに067土煙が立ちこめた.このときとばかりに,小隊は二十メートルばかり壕の中を前進した.

数発にして,山砲は射撃を止めてしまった.また壕を縦に射ち貫くような弾が続いて飛んでくる.伝令の高林10一等兵が胸を射ち抜かれ,私以下七名は六名に減った.

擲弾筒は携行弾を射ちつくし,弾の無い擲弾筒は兵器の役を果たさなくなった.擲弾筒手の長田11上等兵は負傷した高林の小銃を握っていた.六名は壕の右壁にやもりのように体をへばりつけた.

弾は一,二尺離れたところを不気味な音を立てる.私は兵隊の小銃をとって前かがみに迫ってくる緑色の軍服をねらって,続けざまに五発射った.弾を射っている時だけ戦場の恐怖を忘れた.私の射った一発は,前進中の八路軍の一人に命中した.前かがみの体をびくっと真っ直ぐに立て,きりきり舞って後に倒れた.私は自分の射撃上手に満足したように,心の中でニタリッとした.

八路軍の肉迫する勢いは,これによって止めることはできなかった.一人の射殺は十人の肉迫となって迫ってきた.私の小隊は壕墜にへばりついたままじりじりと後に退いた.八路軍の弾は相変わらず身近に不気味な音を立てていく.中隊正面に出た小隊の軽機の音は,逐次退いてくる.中隊正面も押されている.支えきれなくなった堤が崩れるように,私以下六名は,壕の交差点まで退いてしまった.そこで正面から退いた小隊と合わせて態勢をとりなおした.

後に続く壕の中には,弾を射ちつくした山砲が残され,中隊長は早くこれを退けようとして,声を荒げている.退く方向は一キロばかり後の小さな部落,馬蘭12らしい.両翼が包囲されて,この村だけが頼みとなった.壕の崩れを利用して,山砲を引きずり出すのに挽馬は前脚を折れる程に力を入れ,068砲分隊の兵隊は砲を後から押した.畠に出た山砲は,いっきに走り出した.挽馬の大きな目標にぴゅんぴゅんと弾が集まった.挽馬はたちまち腹を射ち抜かれ,ふうら,ふうらよろめいた.弾薬馬と取りかえたが,しばらく引いてはまた射たれて,ついに山砲の分隊長以下が砲を引きはじめた.重機は分解搬送で下がり始めた.

つづいて小隊が,将校も兵隊に取り残されまいとして,一生懸命に弾の中を小さな村,馬蘭へ,馬蘭へと退いた.すぐ前を機関銃小隊長,鬚の田中13中尉が胸を射ち抜かれ,肩から脇腹に巻きつけた繃帯を血に染め,当番に抱きかかえられて退ってゆく.

八路軍の射撃はますます激しくなる. 馬蘭の村が三百メートルばかりに迫った. 「あの村に入ればなんとか態勢をととのえて……」と思いながら走りつづける.一つの高梁畑を潜りぬけると,すぐ前に山砲が止まっている.その後方に重機が小隊の後退を援護して射撃をはじめた.さがった小隊は馬蘭の村を背にして,重機の線に伏せた.重機は再び射撃を始めた.ベチッと音がして重機の射手が引き金からはねられるように手を離した.手を射ち抜かれた.射手が代わって射ち始めた.山砲を五十メートルばかり前に残して,八路軍とにらみ合いの形をとった.山砲のそばに砲手二人が伏せたままいる.前の高梁畑の間をぬって八路軍の肉迫する姿がちらりちらりと見える.

中隊長は全員に穴を掘れと命令し,「これが最後だ!突撃するんだ」と怒鳴った.その顔は青ざめ,びくびくけいれんしている.もう誰も動かない.兵隊たちは黙って弾の下に伏せながら,手で畑の土を掘り始めた.八路軍の前進し,停止する姿が前より多くなってくる.私の横に伏せている小隊069の本間14一等兵は,小銃と擲弾筒を持っている.ここまで退却する途中,四年兵の原田15は,重荷になるので,初年兵の本間16に押しつけたのだった.

本間!擲弾筒をかせっ」と私は怒鳴った.

「小隊長殿っ,擲弾筒は本間が持って行きます」と言って,しっかり体の下に抱きかかえた. 「いいから,かせっ」といって擲弾筒を受け取った私は,擲弾筒の駐板で円匙がわりに自分の体を隠す穴を掘った.そして突撃の時は穴の中に埋めようと考えた.

十メートルばかり左後にいた中隊長は,山砲を気にしながら,おどおどしていた.先程からこれを見ていた指揮班長の川野17軍曹は,

「隊長殿っ,県城には衛兵の上下番の兵隊だけしか残してありません.もし県域がやられるようなことがありましては……それに山砲はロカク品ですから……」と意見を述べた.そういえばこの山砲は,大阪造兵廠」のマークが打っであり,蒋介石18に売りつけたものを,分捕った代物だった.弾の飛び交う中に,附近の者の耳は,中隊長の次の言葉に集中した.

「うーん」と渋った顔をして黙っていたが,そのうち,「山砲は砲尾機関を分解せっ」と短く怒鳴った.山砲のそばに伏せていた砲手は,防盾に身を隠しながら,砲尾の主要部分を取り外し始めた.山砲を捨てることを決意した中隊長は,退却を命令し,そして,まず馬蘭の村に飛び込め,と怒鳴った.

一気に皆が踵をかえして走りはじめた.後に取り残されてならぬ,と力一杯逃げた.後から横から高梁畑をぬって,弾がますますひどくなってくる.小隊の掌握もあったものでない.思い思いに070逃げた.私は片手に軍万,片手に擲弾筒を持って逃げた.

馬蘭の村が目の前五十メートルばかりに迫った.右の高梁畑でしきりに怒鳴る声がする.また誰か弾にやられたらしい.小隊長,三原の声……「おいて親指を切れ,親指を」戦死らしい.収容できず,親指を切っている.

ふと後をふり返ると,誰もいない.高梁の茎が弾に当たって,ばしっばしっと折れる.私は遅れていると思って,無精に慌てた.いくら早く走っても遅い気がする.八路軍が追いかけてくる.急に後から太い丸太ん棒で右腿をぶんなぐられた.はっとして,右手に握った擲弾筒を落として,腿をおさえてみる.血は出ていない.かがんで落とした擲弾筒を拾おうと思った.ピシッー,弾が擲弾筒に伸びた右手の親指の皮をはねてゆく「捨てろっ,擲弾筒の一つくらい,中隊長だって山砲さえ捨てたではないか」と,自分で自分を慰め,訓練では兵隊たちに死んでも兵器を放すなと言った自分が,今では生きたかった.いつ弾に当たるかしれないが,その時まで生きたかった.そして走った.走れる.走った.高梁の穂が弾で落ちる.アッー,アッーと,あちらこちらで悲鳴を上げてパタパタ倒れる.

私は馬蘭の村に飛び込んだ.村の真ん中の道路をひた走りに走る.すぐ後ろから呼ぶ声がする. 「小隊長殿っ原田がやられました」 小隊の松田19伍長だ.走りながら後をふり向き,「どこをやられた」 「頭です……」 「よしっ,いいから逃げろ」と私は怒鳴った.この分隊長は,倒れた原田上等兵のと,自分のと二丁の小銃を担いで走っていた.

村を走り抜けると,麦を刈り取った広い畑がつづき,その向こうに高梁の畑が見えた.広い畠を横071に散って走った.どの顔も,どの顔も汗と泥でよごれ,目ばかりギョロついて,生きた色がない.後弾が前で土煙を上げる.

「小隊長殿ッ,擲弾筒はどうしたですか?」と横から本間一等兵の声がした.

「擲弾筒は捨てた.いいから逃げろ」と怒鳴るようにいい返した. 本間の顔には,張りつめたものが急にゆるんだように落胆の色が見え,それ以上何もいわず,足取りが遅れ,私から離れるように後になっていった.


八路軍の追撃射撃が無くなったのは,さらに次の村を過ぎた頃だった.いつまでもいつまでも,後から八路軍が追いかけくる恐ろしさに襲われながら,走りつずつけた.

弾の音がなくなると,張りつめた気が急にゆるみ,息ぎれがして,脚はくの字に曲がったきり,歩くのが困難になり,小隊の松田伍長の肩を借りて歩き出した.疲れた命拾いをした顔が,二人,三人と集まって県域へ,県城へと黙って歩き続ける.

夕暮頃,三三五五に中隊の間を潜り,そこで人員の点呼がされ,十名近くの戦死者と十数名の負傷者が明らかにされた.機関銃小隊長の田中中尉は負傷後,再び弾に当たって死んだ.指揮班長の川野曹長も,衛生兵の宮川20も,誰々……も,死んだと認定された.私の小隊では七名のうち,原田上等兵が頭を打ち抜かれて死んだ.伝令の高林一等兵は,胸部を貫通され,私は大腿部を盲貫で負傷した.中隊長は,中隊長室に入り込んだまま,うつ伏せて死んだように動かない.

072その晩,曲周県域は八路軍に襲撃された.残って動ける者は城門の周りを右往左往して,どうにか夜明けまで持ちこたえた.翌朝,八路軍が引き上げた後,邯鄲21の旅団司令部から一個大隊の討伐隊を乗せたトラックと,数輌の救急車が応援にきた.私はその日,邯鄲の患者収容所に送られ,さらに石家荘22の陸軍病院に送られた.

それから数日後,てっきり戦死したと思って,死亡証書まで書かれた衛生兵の宮川一等兵が,八路軍からきれいに傷の手当てを受けて,担架に乗せられ中隊の分屯隊,邱県に送り返されてきた.これを見て中隊ではびっくりした.急きょ,曲周県域にかけつけた大隊長の中村23中佐は,八の字の鬚を逆立てて,顔を真っ赤にして地だんだ踏んだ.

「無敵皇軍が山砲をとられ,擲弾筒をとられ,それに捕虜になった大不忠者まで出した.まことに不面目至極だ!」と,怒鳴り散らした.そして傷で寝たきりの衛生兵宮川を軍法会議に送るといい, 「こんな者に治療する必要は無いっ」と軍医に怒鳴っていた.

その後,病院で寝ている宮川と会ったとき,彼は「むしろ弾に当たって死んだほうがどれだけ良かったか」と泣きながらため息をついていた.


私は今,右腿にある度膚をひきつったような醜い傷跡を見つめると,この日の思いがまざまざと日に浮かぶ.無敵皇軍の連戦連勝のいつわりが,そして侵略した不正義の軍隊の破れる姿がよみがえってくる.

073第二次世界大戦で「精鋭」を誇った日本軍が,劣等な兵器をもって闘った八路軍に敗れ,朝鮮戦場で細菌や毒ガス,ガソリン弾まで動員した聯合軍が敗れ,越南24ではフランス侵略軍が敗れた.戦争の勝敗は兵器の優劣や多寡でなく,自己の神聖な郷土を守る強い力であることを人民の勝利は立証している.不正義は正義の前に必ず打ち破られる.

私は再び,度膚に消すことのできないこの醜い傷跡を見る時,中国侵略の戦争で行った罪悪の数々が思い出され,そして若き日の精魂を,誤れる目標に捧げたことに,悔恨と口惜しさがこみ上げてくるのである.

 

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1 Yoshikawa Ryôji, Oberleutnant (Pseudonym)
2 Ishikawa, japanische Präfektur
3 Kanazawa, Stadt in Ishikawa
4 Yamane, Oberleutnant
5 Quzhou, Kreis
6 An'erzhai, in Quzhou
7 Ueda, 補助憲兵
8 Beimadian, in Quzhou
9 Datongzhai (Daitongzhai), Dorf in Quzhou
10 Takabayashi, Gemeiner
11 Nagata, Gefreiter
12 Malan, Dorf in Quzhou
13 Tanaka, Oberleutnant, 機関銃小隊長
14 Honma, Gemeiner, Rekrut
15 Harada, Gefreiter, 四年兵
16 Honma, Gemeiner, Rekrut´
17 Kawano, Feldwebel
18 Chiang Kai-shek, Jiang Jieshi, Tschiang Kai-schek (chin. General und Politiker, 1887-1975)
19 Matsuda, 伍長
20 Miyakawa, Gemeiner, Sanitäter
21 Handan, in Quzhou
22 Namen Shímén (石門). Am 26. Dezember 1947 wurde die Stadt in Shijiazhuang umbenannt. Xibaipo - ein wichtiger Ort der chinesischen Revolution - war im Befreiungskrieg der Sitz des Hauptquartiers des Zentralausschusses der Chinesischen Kommunistischen Partei.
23 Nakamura, Oberstleutnant
24 越南社會主義共和國 Sozialistische Republik Vietnam (seit 1976)