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中国人を中国人に撃たせる
操縦

時川新八郎1


[略歴]

年齢 三十七歳

出身地 福岡2県朝倉3

山身階級 農民

最終卒業学歴 実業学校卒業

最終部隊名 第五十九師団第五十三旅団司令部

階級 曹長


一九四三年四月のある日,私はいつものように,三百名の保安隊を率い,山東4省邱5県の県域より,東南方三キロの地点にあった七方6村に向かった.まだ夜も明けやらぬ静寂な中を,ただキーキーときしる大車の軌の音と,ピシリ,ピシリと馬夫の鞭が空にうなる.

一晩中寝ずに部落を監視している民兵が,すでに察知したのか,すぐ近くの部落であかりが左右に揺れると,それが次ぎ次ぎと遠くの部落に伝わって行った. 「チェッ」と,吸いかけの煙草の火が大車の枠の上で,ハッと散った.

県域を出る前から,今日こそは部落民をしめ上げて,八路軍の部落を根こそぎにしようと決め込んでいた私は,急に隊列の遅いのが気になった.

「オイ7,もっと急がせろ,部落についたら,部落にあるものは全部持ってくるか,ぶち壊すかだ,028特に,糧穀は一粒も残さないように,部落民を捕らえてはかせるんだ」

隣に座っていた刘は飛び下りて,暗闇を前に駈けていった.土壁に固まれた百五十戸余りの七方村に,クモの子を散らしたように侵入したときは,もう薄明るかった.

今まで静まりかえっていた七方村は,扉を打ち壊す音,保安隊のわめき立て,火のついたような子供の泣き叫び,豚や鶏の悲鳴が遠くの村々に伝わって行った.

部落の中央に十台の大車を止め,私は通訳陳広順8を連れて,分厚い扉を二つにぶち壊した.すぐ前の外門をくぐって中に入ると,中庭には黒い鶏の羽毛が風に渦を巻き,四,五羽の投げ出された鶏が足をピクピクけいれんさせて死にかかっていた. 「オイ,鶏の丸焼きでもやるか」 「ハア,やりましょう」 陳はうなづきながら,前の家の中へ駈け込んで行った.

土作りの薄暗い前の母屋の中は,ガチャガチャに壊した家具や古びた衣類を放り出し,足の踏み場もなかった.室の隅の方には床土をほじくり返した穴が幾つもあり,若い二人の保安隊が,コツコツ農具の柄でつつきながら,糧穀を探していた.

「どうだあったか」.私は中に入った. 「ハァこれだけ」 きょとんとしていた一人の保安隊が,大きな麻袋の口を聞けて見せた.

すぐそばには壊した小がめが散らばり,この一家が命の綱として埋めていたのであろう粟が,底の方に二,三升入っていた. 「なんだこれだけか,もっとよく探すんだ」 私は奥の半開きになった扉から中をのぞくと,そこには薄暗い"カン"の上に,真っ黒なアンペラを敷き,薄っぺらな布団に029くるまった白髪の老婆が,苦しそうに大きな呼吸をしながら横になっていた. 「なんだこの老いぼれ,俺たちがきたので,仮病をつかっていやがる」 じっと見入っていた.

私は数日前,偽政府日本人顧問鶴川9が,県城近くの八路軍部落から人質として老婆を拉致してきたことを思い起こし,すぐ老婆を引きずり下ろして,部落の中央に引っ張って行くことを,二人の保安隊に命令した.保安隊がぐっと老婆の襟をつかむと,皺の多い顔をこちらに向けて,「私は病気です.病気です」と力のない低い声で何回も何回も繰り返した.

「病気もクソもあるか,何もさもさしているんだ」 激怒した声とともに,ドサリと引き下ろされた老婆は,恐怖と苦痛と憎悪に,体中をブルブルけいれんさせていたが,二人の保安隊が老婆の両腕をつかみ,ずるずると中庭を引きずって行った.

中庭には,陳がもう白酒の入ったビンとチョコをテーブルの上に並べ,壊した家具が燃えしきる中から,鶏の丸焼きを引き出してきた.

「さあ用意ができましたよ」

私は陳を相手に,丸焼きをしゃぶりながら,白酒をあおった. ,実に美昧いぞ,この昧じゃ,小料理もまた格別だ」 「そうですか,それでは県域に帰ったら,今度は豚の丸焼きでもやりますかね.豚も鶏も大分集まっていますし,さっき指導官の酒として,保安隊に探すように言っておきましたから」.白酒一瓶を飲みほして,相当酔いもまわってきた頃,刘が報告にきた.

「部落民は一人も居りません.いるのはただ老婆や小孩だけで……」 見当外れした私は,「どう030だ糧穀の方は」 「ハァ,今残っている老婆たちを殴りつけて探しているんですが,あまりありそうにもありません」 「馬鹿野郎,貴様等の食糧穀じゃないか,なかったら貴様らは食えないまでだぞ」,私はカッとして刘少佐をどなりつけると,刘は下を向いたままだまっていた.

「ようし,ババでも小孩でも全部ひっぱってこい,そして県城にひっぱって行くんだ」 刘は軽くひきしまった顔つきで二,三回うなずくと,急いで門の方に去ろうとした.

「オイ副官,まあ一杯やって行けよ」 若干強すぎたと思った私は二羽の丸焼きを刘の座ったテーブルの前に差しやり,白酒をついでやった.


刘が去った後,暫くして,部落の中央に出ると二百名の保安隊が,入れ代わり立ち代わりして掠奪品を大車に積み込んでいた.その傍らに,保安隊につかまれた老婆が,必死にもがきながらののしっており,栄養失調でやせおとろえ,腹ばかり太鼓のようにふくれた五,六歳の真っ裸の子供が,老婆の腰にしっかりとしがみつき,震えながら泣きわめいていた.

酔いどれた私が近よると,老婆たちの鋭い眼光が,一斉に私を見ぬくように注がれた.

「よし出発だ.この婆たちをさきに追い立てるんだ.遅れる奴は殴りつけろ.それから警戒についている中隊をそのまま残して,隊列が部落を出たら引き上げるようにしろ」 私はほぼ満載になった先頭の糧穀の上に座った.

刘は伝令を飛ばした.ピーピーと部落のあちらこちらで笛の合図がすると,さまざまな掠奪品を031かついだ保安隊が,小路からぞろぞろと列をなして出てきた. 「指導官この老婆はどうしますか」 刘が死んだように地面にうつ伏した白髪の老婆を,顔でさしていった. 「婆か,大車に積んで行け」 老婆は二人の保安隊によって軽々しく荷物でも積むように車になげ上げられた.

老婆たちは部落の西門に近づくと,必死で横にそれようともがき,その場に座り込んだ.一人の老婆や子供に一人の保安隊がつき,座り込んだ老婆の襟首をつかんで引き起こし,背後から銃床で突き飛ばし,よろめき倒れるのを蹴りつけ,また引きずり起こした.

そうして隊列が部落から二,三百メートル離れたとき,七方村の西南の部落から八路軍のチェッコ銃弾がダダダダと,すぐ前の畑の中に,砂煙を上げた.列はあわくって散らばりその場に止まったが,銃弾が止むとまた動き,動き出すとまた銃弾が飛んできた.その中に七方村に残っていた李中隊が射撃を始め,部落と部落の射ちあいに代わった.

大車から飛び下りた私は,弾がこちらにこなくなると再び大車によじのぼり,首にぶら下げていた眼鏡を取り出して西南の部落を見た.西南部落から七方村に通ずる交通壕をったい,前進している八路軍の頭部だけが,ちらりちらりとうつった.

「ようし,戦果を上げるのはこの時だ」 私は夢中で大車から飛び下りると,後方にかけて行った.

「オイ10中隊長,これから八路軍をやっつけるんだ.右の交通壕をつたってあの西南の部落に突っ込んで,ホウラあの七方村に向かっている八路を後からやっつけるんだ.そして,八路の小銃をぶん取ってくるんだ.小銃を」 私の渡した眼鏡で,じっと前方の状況を見入っていた馬中隊長は,不安を032押しかくすように,にが笑いをしながらうなずいた. 「早く行け,しっかりやるんだ,いいか,八路の小銃を取ってくるんだ」と馬の肩を軽くたたいた.私は戦果の小銃がほしかった.

百名ばかりの部下を率いて西南部落への交通壕をつたわって行った. 馬は途中まで行くと,左への壕があったらしく,左に曲がった.

チェッコ機銃や小銃の銃声が二つの部落をはさんでさらに激しくうなった. 「ウウム」 思った通りうまく行っているので,私は一人胸をワクワクさせながら,大車の上で眼鏡を離さなかった.間もなく七方村に残っていた李中隊は,ぞろぞろと畑の中をこちらに引き上げてきた.馬鹿野郎,どうして前から突っ込まないのだ,私は,その李中隊をこちらから射ちまくってやりたい気持ちだった.

一方,部落の中間に出た馬中隊は,ウワァウワァと喚声を上げ,壕の中を八路軍に突っ込んで行っこ.私は西南の部落に目を向けると,その部落から,八路軍が兵力を増強して,後方の壕は遮断されていた.二つの部落に挟まれた馬中隊は,いなごのように壕を飛び出し,バラバラになって畑の中を逃げ出してき,後方の壕から,八路軍の銃弾が猛烈にうなり,バタバタともんどりうって倒れた.

蒼白な顔をしてハアハアと息をはずませながら,馬中隊長が駈けてきた.

「オウご苦労,どうだった戦果はあったか」 「ハア小銃四挺をとってきました.だが八名の兵士の死体を途中の畑の中に残してきたんです」 「そうかそりゃよかった.死体は仕方がない,今行った仏じゃ保安隊に犠牲を出すばかりだからな.一応帰ってまた収容にくるんだ」と,心にもないことを言った.もともと中国人民を射たせるのに,中国人の保安隊がどれ程死のうと,何ら責任を問われるもの033でもなく,そんなことは少しも眼中になかった.私の脳裡には,四挺の戦果を前にした青白いやせぎすの中隊長田谷11の笑顔が浮かんでいた.


それから二日目の朝「二人の老婆が死んでいます」と,陳通訳から聞いて,留置所に行ってみた.五寸角位のごつい格子戸の中は真っ黒で,ただ重苦しいうめき声だけがかすかに聞こえるだけだった.

早く死体を処置しろ」 陳は飛んで行ってランプを手にしながら,四,五名の保安隊を連れてきた.

留置所の中では,二間四方位の狭いジメジメした土間に,すし詰めになった三十名余りの老婆が,子供たちが,糞尿の臭いで,チッソクしそうな中で「何も留置所に差し入れさせるな」の私の命令によって,二日間一物も口にせず,横になることもできず,やっと座ったまま壁にもたれ,もたれ合っていた.

真ん中に二人の老婆が横たわり,一人の老婆の死体には五,六歳の少女が顔を伏せて抱きついていた. 「オイ早く出せ」 入口の老婆を左右に足で蹴り倒し,真ん中に押し入った三人の保安隊が,老婆の死体をつかんだ一瞬間,回りにいた老婆たちがどっと死体に重なり合って抱きついたのを,頭といわず顔といわず蹴りつけ,よわり切った老婆を一人一人ひき離し,ズルズルと外に引きずり出した.

ガチャリ,留置所はまた真っ暗になった.


034証言 時川新八郎12

戦犯管理所抑留中,呉13先生は,罪の責任を逃れるため必死に反抗する私に,「日中間には長い友好の歴史があり,このたびの日中戦争は,あなた方とお隣との同様の関係で,隣家の者が土足のまま,兇器を持って侵入し,親兄弟を殺害したら,あなたは黙って許しますか」と,懇切に忍耐強く諭された.

中国政府の人道的な援助がなかったら,自らの罪を戦争だから当然の行為と信じて,今の存在すらなかったでしょう.

処断を受くべき私が,中国政府の寛大なはからいによって,今一家楽の生活をしていることが不自然で,過去を静かに偲ぶとき,犯罪の波紋が次々と広がり,どうすることもできない罪の重大さに胸が痛みます.

戦争に対する憎しみと,平和の尊さを身をもって体験した私は,与えられた後半生のある限り,日中友好と反戦平和のため尽くす以外に道はないことを痛感します. [1989・1]

 

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1 Tokikawa Shinhachirô, 曹長
2 Fukuoka, japanische Präfektur
3 Asakura, Landkreis in Fukuoka
4 Shandong, chinesische Provinz
5 Qiu, Kreis in Shandong
6 Qifang, Dorf in Shandong
7 Liu, Major
8 Chen Anshun (Guanshun), Dolmetscher
9 Tsukawa, 顧問
10 Ma, 中隊長
11 Taya, 中隊長
12 Tokikawa Shinhachirô, 曹長
13 Wu Haoran, "Umerziehungsoffizier" in Fushun