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斬首シーンをカメラで撮影
永遠に生きる瞳

大坪柏雄1


一九三六年の秋も深い十月の末頃,私は通化2混成第一憲兵隊長古岳新治3の指揮下に入って,当時の通化4省臨江5県八道江に,中国人の部下憲兵約八十名を率いて,とぐろを巻いていた.

その日も数日前の一斉検挙で逮捕した愛国者たち-それはみな平和を愛する農民であり,ただ民族の独立と自由のために,侵略者に抗して英雄的に闘っている抗日軍に対し,糧食や衣服を供給して,自分自身を植民地主義の圧制から解放する闘争に協力した,正義を愛する真に純真そのものの人びとであった-を拷問する鞭の音が,しぼるような悲痛な呻き声を交えて,隊長室の窓からひびいてくる.私はそれに快いリズムを感じながら,司法係の下士官たちが愛国者を拷問してつくり上げた調書を,ものぐさげにバラバラとめくっていた.

十四,五名の調書をひと通り簡単に拾い読みすると,その中から五名分の調書を抜き出し,その021一枚目の欄外に「死刑」と,無造作に書きなぐり,その横にペタリと自分の判を押した.ちょうどそこへ隊付の呉6少尉が,少しあわて気味に入ってきた.

「隊長殿,例の7はとうとう死んでしまったそうです.今警察署から連絡がありました.どうしましょう?」

この李という人は,今度の一斉検挙で「通匪容疑」で逮捕した六十歳近い百姓だが,四,五目前水を飲ましてシコタマ拷問したため,もう寝たきり起き上がることもできないようになってしまったので,大して「罪状」もないことだし,いずれ起きられるようになったら釈放しようかと考えて,警察署の留置場を借りて監禁していたのである.

「死んだ者はどうしょうもないじゃないか,日が暮れたらゴッソリ運び出し,例のところに埋めておけ」

そういうと,李の調書を取り出して,呉少尉に渡しながら,「これの内容を死刑に当たるように,係の下士官に書き換えさせろ,留置中に死なせたというのでは,具合が悪いからな,いいか」

呉少尉が納得顔に出て行った後,これで失敗が却って功績になった-と,私は独りほくそえんだ.


翌日の夕方,部屋の西南方約三メートル離れた一角,そこは部落の南の方から北へ伸びてきた,なだらかな丘陵が平地に下りた所で,その向こうには,清流を隔てて,全山紅葉に包まれた山肌が,022落ちかかった夕陽を浴びて,真っ赤に燃えていた.

だがこの絵のような自然の美しさをよそに,今ここでは見るも恐ろしい事実が,歴史の一頁に刻み込まれようとしている.

後ろ手に縛り上げられた三名の愛国者が,一メートル位の間隔で一列に壕の線に並ばされ,その背後には,三名の憲兵が拳銃を右手に,青ざめた顔をゆがめて,塑像のように立っている.

隊を出るとき,数杯の高梁酒でカラ元気をつけてきた私が,赤く充血した顔に残忍な微笑を浮かべ,無造作に顎をしゃくった途端,パンパンパンと耳をつんざく銃声が,沈んだ辺りの空気を不気味に揺るがした.三人の愛国者は,その前額からパッと血を吹いて,なかば立ち上がるような恰好で,前のめりに壕の中に転げ込んで行った.

「フム,うまくいった」.私は軍刀を杖に,思わず会心の笑みを洩らした.とたん,ウワン,ウワン,ワンワン……と山裾の一軒家で,噛みつくように犬が吠え出した.それは,ちょうど理由もなく殺された人間の,正義の抗議のように私の耳に強く響いた.

畜生,犬まで俺を憎んでいやがる.いらいらした気持ちで,壕の側に近寄った私は,三名の愛国者の一人が急所を外れたのか,まだ死に切れず苦しんでいるのに気づいた.私は,半殺しにしたネズミを前に,舌舐めずりして楽しんでいる猫のように,快い勝利感に浸った.ざまぁ見ろ,八紘一字の大稜威に叛く者の末路は,この通りだ,うんと苦しむがいい.

しかし,ふと傍らの憲兵はと見ると,拳銃をダラリとブラ下げたまま,真っ青になって放心した023ように突っ立っている.ムカッとした私は,いきなりその横っ面をイヤというほど張りとばし,「この腰抜けめ!そのざまは何だ!もう一度射て!!」と怒鳴りつけた.殴られた憲兵は,急に我に返ったように,「ハイ」と,突拍子もない声で返事をすると,憑かれたように壕の中に苦しんでいる愛国者をめがけて,続けざまに二,三発射ち込んだ.

相手がスッカリ動かなくなったのを見届けた私は,大きくうなずくと,呉少尉をかえりみて,「おーい,いいぞ,引き出せ」と合図した.

間もなく後の窪地に控えさせていた,もう一人の愛国者が壕の側に引きすえられた.壕の中にチラッと眼を投げた彼の顔は,瞬間少し動いたように見えたが,しかしすでに覚悟を決めているらしく,別に動ずる気配もない.私はその落ち着きはらった態度を見ると,何だか小馬鹿にされたような気がして,わけのわからない,いらだたしさを覚えた.畜生!今に見ていろ,私はサッと上着を脱ぎ捨て,軍万を片手に,ツカツカと前に進み出ると,後の方にいた陳通訳に眼くばせした.

それというのは,私が試し斬りをするとき,写真を撮るように,予めいいつけていたからである.

私の頭には,「日本軍人が"匪賊討伐"に出て,"敵"の首を斬るということは,武士道の誇りである.これを永く他人に誇示するためには,写真を撮っておくに限る.これを生涯俺の自慢話の種にしよう」 このような考えがあった.

陳という通訳は,まだ中学を出たばかりの,気の弱い青年で,少し危険な場所へくると,すぐ頭が痛いとか,腹が痛いとかいって,ついてこないのが常だった.今日も嫌がるのを無理に024引っ張り出したのは,こうしたことを見せて「度胸」をつけておかねば,まさかのときに使いものにならぬ,と思ったからだ.

陳は自信のない手つきで,私から教えられたように,写真機を覗いて焦点を合わせているが,手先がふるえてなかなかうまくいかぬようだ.横合いで兵隊たちがニヤニヤ笑って見ているので,ますますあがってオロオロしている.

見かねた私は,いそいで陳の側に馳せより,「ダメだダメだ,ここにもっと力を入れて」と右拳で陳の下っ腹を小突き,写真機を取りあげ,十メートルくらい前方に後ろ向きにひざまづいている愛国者に焦点を合わせ,自分の足の位置に印をつけ,「いいか,ここに立って俺が軍刀を振りかぶったとき,シャッターを切るのだ,分かったな」そういって写真機を渡すと,またもとの所に返って,ワイシャツの袖をまくりあげ,サッと軍万の鞘をはらった.

すると初めて首を斬られることに気がついた相手は「何をするか」と,怒りの形相ものすごく,ギラギラ光る眼で私をにらみつけ,「俺は首を斬られたくない,銃殺にしてくれ」という.私は鼻先でセセラ笑った.

「黙れ!何をいうか,斬ろうと射とうと俺の勝手だ.お前の指図は受けん」と怒鳴ると,右足先で相手の首筋を踏みつけ,「頭を下げろ!首を伸ばせ!」と吐き出すように叫んだ.頼んでも無駄だと悟った彼は,歯をくいしばりながら,グッと私を睨みあげた.

「鬼子!早く殺せ!」 ひとこと人間としての最後の抗議を叩きつけると,頭をあげたままジッと025前方を見つめていた.

私はその射ぬくような怒りのまなざしに,瞬間ゾーッと肌寒い戦慨を感じ,出鼻をくじかれたようにタジロいだ.

それは確かに暴虐に抗し,勝利を確信する者の眼であり,何物をも恐れない不屈の闘魂に燃え,輝く正義の瞳であった.

敗北感に襲われて,タジタジしながら,訳のわからない腹立たしさに逆上している私の眼には,

「信頼」していた部下たちの眼までが,同じように輝いているように見えた.すると,今にも自分が彼等の銃剣に取り囲まれるのではないだろうか?という不安と孤立感さえ出てきた.

いたたまれなくなって,私は狂ったように軍万を振り上げると「エーイッ」と悲鳴に似たかけ声とともに,夢中になって軍万を打ち下ろした.


証言 福岡8県 大坪柏雄9

私は終戦後,ソ連10に満五カ年.続いて中華人民共和国に,満六年の抑留生活を経て,昭和三十一年七月三日,舞鶴11港上陸で帰国しました.

この間,ソ連では反ソ行為の審訊取調や組悪給食と重労働過重の疲弊困懲により,栄養失調に陥り,沢山の病没者が出ました.中国に移管後は,密かに私どもが怖れていた報復的苛責な取扱いなど微塵もないばかりか,私達が過去の罪悪を深く反省して,真人間に立026ち返るよう,あらゆる手を尽くして指導援助に精進して戴きました.

断乎!「聖断」に基づく無条件降伏,敗戦!!かつてなかった昏迷と衝撃に前途をなくした私ども,日本帝国主義侵略政策の先鋒,関東12軍の手先番犬共にとり,中国人民の私達に対する指導援助こそ,正に暗夜を街律う者への一縷の光明であり,これこそ「天命,神恕」の真理であり,それが人間として生き抜く上で欠くことのできない鉄の粋であると信じております.


現在自宅私室の天井一角にかつての満軍々官の黒枠の写真を掲げていて,その下際に「你是日本鬼子」-お前は日本の鬼だ-を,反省資料にしておりますが,なお毎日朝夕二回仏壇に向かって「般若心経」を暗唱供養する中でも,謹んで,かつて殺害した中国の愛国者の英霊の往生安楽ご冥福を祈念することを,欠かさず勤めております.

[1989・2]

 

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1 Ôtsubo Kashio (Pseudonym)
2 Tonghua, Stadt in der Jilin-Provinz
3 Furutaka Shinji, 通化Tonghua混成第一憲兵隊長
4 Linjiang 1. ... een stad in de provincie Jilin in China. Linjiang ligt in de prefectuur Baishan. De stad heeft meer dan 100.000 inwoners. Linjiang is ook een arrondissement. 2. Kreis in Tongua (5-4-16)
5 Badaojiang, in Linjiang, Tonghua
6 Kure, Leutnant
7 Li
8 Fukuoka, japanische Präfektur
9 Ôtsubo Kashio (Pseudonym)
10 Die Sowjetunion
11 Maizuru, Hafenstadt, Präfektur Kyôto
12 Guandong, alte Provinz