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虐殺
若夫婦殺し

島津酉二郎1(しまづ・ゆうじろう)

分隊長・憲兵伍長


一九四五平六月下旬,憲兵伍長の私は河北2(かほく)省尊化3(そんか)県南台4(なんたいそん)に駐屯するまえ,関東5軍第八八一部隊山野6中隊の配属憲兵として中隊内に起居していた. 南台村を根城に,花が香り,小鳥のさえずる,美しいそして平和な長城7[万里の長城]一帯の人民の上に銃火を浴びせ,殺し,焼き,奪うの残忍非道な三光政策を実施し,人民をして生き地獄の中に突き落としたのだった.

今日も中隊は南台村から市の方向十数キロの山岳地帯の中を,飢えたた大蛇が獲物をあさるように這いまわっていたが,やがて緑濃く生い茂る高梁が初夏の風に波打つ大平原に出,中隊の通ってきた 山を背にした百六十個ばかりの村落を発見した.中隊員は,先を競うようにして村落めがけでなだ れ込んだ.

私たちが襲いかかる直前まで,この村の家々からは楽しい夕餉(ゆうげ)の煙が上がっていた.村落東角に201位置した広場にある老木は,たくましいその幹から無数の枝を広場いっぱいに伸ばし,天然の涼み場所となっている.その下には馬に引かす大きな石臼があり,そばには子どもがいままで粘土遊びをしていたのだろう,小さなもみじのような手の型をいくつもいくつも残した粘土と,半分作りかけで形が屋根をつければいいようになっただけの家の模型が,さびしく取り残されている.だが,私たちが村落内に足を一歩踏み入れた瞬間から,そんなのどかな空気は一度にふきとんでしまった.中隊員の罵声,割れるようなだみ声,家財道共を叩き壊す音,扉や障子窓を打ち破って放り出されてくる鍋や釜,その中からまだ湯気を立てている栗飯が庭に散乱する.その粟飯を編上靴で踏みつぶしながら,右や左に走りまわる兵隊………それを眺めながら石臼の上に腰をおろした私は,歯ぎしりして叫んだ.

「畜生!村の奴らに逃げられた.どうして奴らはこんなに逃げ口広が速いんだ.野郎ら逃げるんならそれもよかろう,奴らが再び帰ってこられないように村じゅう丸焼きだ」

むしゃくしゃする腹の虫を押えようもなく,煙草をふかしはじめた.それから間もなく,私の使っている三名の密偵が二名の男女を捕え,足蹴にしなが私のほうに近づいてきた. 《しめた,いい若者を捕えた.こいつは大したもんだ.こいつをしぼれば素晴らしい情報をとれるぞ》と,いままでむしゃくしゃしていた気持ちはふきとんだ.密偵の一人がとんできた. 「報告,伍長,いま捕えた二人はこの村の者で,八路軍の工作員です.私が昔この村に商売にきたとき,この二人は村人から八路軍の糧秣や靴を集めておったのです」と,勝ち誇ったように,もっともらしく言った.

私は内心大喜びだった. 《すがは憲兵の,いや俺の密偵だけある.中隊の奴ら,うようよするほど202いるのに,子ども一人捕える奴はいねえじゃないか》と,得意満面になっているうち,二人の若者は私の前に立たされていた.二人ともここの村民にしては珍しくあか抜けしている.男は二十三歳くらい,色白で体も比較的ほっそりし,真新しい上下とも白の服を着ている.女は二十歳になったかならない丸顔で,断髪にし,青い上下の服がよく身についている.密偵の報告,服装,ほっそりした手,陽焼けしていない顔,どこから見ても私には八路軍の工作員としか思えなかった.

《いよいよ俺の男をあげるときがきた》と,恐怖におののく二人を私は家屋内に引っぱりこんだ.うまくやらねば失敗するぞと,自分に言い聞かせながら,相手にやさしそうな表情を見せようとした.

「あなたたち,驚くことはないですよ.すぐ帰れまずからね.あなたたちはこの村の人ですか.名前は,歳は,職業は………八路軍は来ますかね」などときいた.しかし,二人の答えは「私たちはこの村の者ではありません.ここから遠く離れた町に住んでいます.二人は数日前結婚したばかりです.この村に親戚がいるので,結婚の祝いを持ってこの村に来たのです.私たちが村に来たところをあなたたちに捕まったのです.八路軍のことについてはさっぱりわかりません」と,私のきこうとすることはいっこうに聞き出せない.

「この野郎,おとなしく出りゃ,しゃあしゃあとしやがって,鬼憲兵島津をなめやがったなあ」 怒鳴るやいなや,二人の体の上に私の打ちおろす担棒は,ボクボクと異様な音を立てた.顔といわず,頭といわず,ところかまわず殴りつけた.そのたびごとに「アイヤー,アイヤー,ウウン,知らない,アイヤー」それは人間の声と思えない苦痛のうめき声だった.男の額は裂け,ふき出す血は白い203服を真っ赤こ染めた.骨に食い込むような苦痛の叫びをあげ,夫にとりすがって泣き叫ぶ女を見て「おい女,あんまり黄色い声を出すんじゃない.貴様はそんなに泣いたり,苦しそうな表情をすると,ますます美しい女に見えるぞ,ハハハッ………」

私の頭の中には,この女を連れて帰り,自分の慰みものにしようという考えが,浮かんできた. 「畜生!八路軍の糧秣はどこに隠している.言え!言え」 そのたびごとに殴りつけたが,苦痛を訴える叫びと,知らない,と言うよりほかにはなにも聞き出せない. 「畜生!貴様らまだ言わねえな,よーし,俺がいまに言えるようにしてやる!」

苦痛にうめく男の襟首をつかんで引き起こした私は,捕縄を取り出して,男の両手を後ろにまわし,その両親指を縛りあげ,体の重量がこの二本の指にかかにしたあと,入口の天井に吊るし上げた.吊るし上げられた男は悲痛なうめき声を発し,さらに体を伸びちぢみさせ,脂汗を体じゅうにふき出させている.服を引き裂かれた女は,苦しみもがく夫の姿に髪を乱して,とりすがっている.それを背後から襟首をつかんで引き倒し,蹴り倒した.そしてなおも私に救いを求めてとりすがる女の胸を蹴って倒した. 「畜生!まだ言わねえか」 私は力いっぱい殴りつづけたが,男の体は急に力が抜け,だらつとなった.

「野郎,のびたな」 私は男の顔を見上げた.男は精根つきて首をたれていた.私は真下から男のあごを,思いきり棍棒で突き上げた.その瞬間,男は最後の力をしぼり出したのか,顔をもち上げると,真っ赤に充血し,血に染まった顔をまともに私の顔に向けた.その形相,それは私に対する燃えるような怒りを表現している.その男の表情はいままで私に哀願しているとしか見えなかったが,204いまはたとえ八つ裂きにされても八路軍のことについては言わねえ,言わせられると思ったら言わせてみろ!………と思わせるような憎悪に満ちた形相に変わっていた.

その形相にふれた瞬間,私は何ものかに威圧されたような恐怖を感じて,一歩後ろに下がった.だがとっさに,また凶暴性が出てきた「畜生!負けてたまるか」 私は体ごと男に飛びかかった.男の体が大きくゆれた瞬間,吊るしていた縄がきしるような音を立てて切れた.男の体は後ろ手のまま,うつむけに倒れ落ちた.ゴッボッという鈍い音と同時に,男の胸部はまともに敷居の角に当たって,そのまま動かなくなった.手足だけがピクリピクリしゃげき痙攣している.女は狂ったようになって男にとりすがり,何事か訴え体をゆすぶったが,男はもうなにも応えなかった.

私は密偵三名に男から女を引き離させた.女に縄をかけさせたあと,男の顔を引き起こした.男はなんの手応えもない.しかしまだ死んでいないことはわかった.虫の息のような呼吸をし,そのたびに綿のような真っ赤な血の塊りを吐いている.そして真っ黒い土を赤く染めていった.

「野郎,強情な奴だ,のびても白状しやがらねえ」と独り言を言いながら両親指を縛った捕縄をといた.その両親指は中指よりも長く伸び,ブランブランになり,捕縄は皮膚を破り,肉を破って,骨に食い込んでいた.

ちょうどそのとき,中隊の伝令が飛んできた. 『中隊は移動を開始した.すぐ中隊につづくように』 私は虫の息になった男を戸板にのせ,密偵にかつがせ,女をせきたてて中隊を追った.男をかつがされた密偵はなかなか動かなかった.中隊につづくことはできない.情報を聞き出すことができなかった腹立ちと気のあせりがからみ合って,ますます凶暴になってきた私は,村落から二百メートル205も行った高粱畑の中に来たとき,密偵に男を下るさせ,背の丈よりも伸びた高粱を踏み倒し,その上に男をうつむけにして寝かせた.私はいまその男の首を斬ってしまおうと思った.

すでに半死の状態にある男は,身動き一つしない.後ろ手に縛った女を男の前に立たせた. 「野郎貴様ら,奄に逆らい,強情を張りとおす奴の末路を教えてやる.せめて夫の殺されるところだけもよーくみ手おけ,ハッハハ………」 私の言うことは通じないが,女はすでに殺されるのを感じてか,また泣き叫びはじめた. 「アッハハ………痛快だ」 憲兵になって二年余,私は多くの中国人民をこの手で斬殺してきた.その回数を重ねるたびに,私はますます凶暴になり,自らこのような機会を求めて歩きつづする凶悪非人道な人間になりきっていた.

私が刀をうちおろした瞬間,女は表現のしようのない叫びを発したと思うとその場に卒倒した. 「野郎,驚いて気絶しやがったな」と,私は女の体を蹴りあげた.女は気を取りもどして立ち上がった.髪は乱れ,引き裂かれた服の下からは拷問によって青果くはれ上がった肌があらわれ,眼は真っ赤に充血し,その視線は定まらず,右に左によろめき,何者かを追い求めているようだった. 「野郎,亭主を殺されて気が狂いやがったな」 私は放心してしまった女を蹴り,突き飛ばしながら,中隊を追った.それから三百メートルも行くと,中隊は栗畑の中に腰をおろして私の来るのを待っていた.中隊長の前に行くなり,私は「中隊長,この女を殺しましょう」と言った. 「女ではしょうがない,なにもなければ帰してしまえ」と中隊長は言った.しかし私はこれに真っ向から反対した. 「いや,女であろうと殺すべきです.いままで手ひどい拷問をしたうえ,この女の前で亭主を料理した.このまま帰せばかならず手ひどい復仇を受ける.私は殺すべきだと思う」

206中成長は私の意見に同意した.そして,「同じ殺すなら初平兵に刺殺訓練を実施しろ」と,日本から来て二ヵ月にも足りない初年兵を栗畑の真ん中に座らせた.女の周囲に円陣をつくって,私は女の右に,初年兵の班長は左側に立って,初年兵の突きぶりを点検することになった.私の残虐きわまりない行為のもとに精神に異常をきたした女は,林のように突きつけられている銃剣によって,数秒後には蜂の巣のように突き殺されることにも気づかないでいる.縄をとかれ,自由になったその手で,栗の茎を数本引き抜き,両手で粟の茎を抱くようにして,緑濃く肥え,よく成長している粟の菜を見つめている.

突然班長の「突け!」の号令.その号令にはじかれたように女の真正面に立っていた初年兵が力なく,「ワアー」という叫びを発して,女めがけて突きかかった.

「やった!」 瞬間,女の手に握られていた栗の茎がパッと舞い上がった.と,女の上半身がのめるように立ち上がり,その手は初年兵に突き刺された銃身を固く握りしめた.女の形相は燃えるような怒りの眼で初年兵を腕みつけていた.初年兵は力いっぱい銃剣を引き抜こうとしたが,銃身を握りしめた女の力はそれにもまして強く,首に刺さった銃剣はなかなか抜けなかった.それを見ていた班長は「馬鹿野郎!」初年兵を怒鳴りつけるなり,女の銃を握ったその手を横合いから思いきり蹴り上げた.初年兵はしりもちをついて,這うようにしてその場を逃げ去った.女はまだ苦しみもがいている.

「次!」 班長の号令に,また一人の初年兵が飛びかかった.銃剣は女の胸に刺さった.女はまたもや体をのけぞるようにして銃身を握りしめてしまった.この初年兵もまた,前の初年兵と同じように207立ち往生してしまった.私はその女の怒りを見ると,背中に水を流されたような寒気を感じた.だが,すぐまた《皇軍の儀表[手本]憲兵だ.兵隊の前で臆病風をふかしては馬鹿にされる.俺は度胸があるんだ》と思いなおし,女の手を思いきり蹴り上げた.女ははずみを食ってよろけたと思うと,必死になって私の胸につかみかかった.女が呼吸をするたびに,突かれた首と胸の傷口から,ゴボゴボと音を立てて血がふき出てくる.首を突かれ,胸を突かれ,女はすでに声を出すこともできない.ただ恨み呪う眼は,私に迫ってくる.私は顔をそむけて初年兵のほうに向かって叫んだ. 「おい貴様ら,人を殺すのはこのようにして殺すんだ」 そう叫ぶと,女の体を畑の上に叩きつけた.

純潔と正義を誇る武士道精神を養うといわれて身につけた柔道の太質は,私にとって人を殺す精神であり,武器でしかなかったのだ.私は倒れた女の胸倉をつかんで引き起こすなり,腰の軍刀を引き抜き,女の首に突き刺した.女の体はぐったり力が抜け,踏み倒された粟の上に崩れ落ちた.女の傷口からふき出る血は,粟の茎をったって黒い土の中にしみこみ,黒土を真っ赤に染め,それが地図を描くようにだんだんと大きく広がっていった.

私の便衣(べんい)[憲兵が敵地区で行動するときに着用した中国人のふだん着]は二人の血で真っ赤になった.私はそれを拭いさろうともせず,逃げるようにして南台村に帰った.


筆者からの一言〈昭和五十七年月

1 昭和三十一年七月,中華人民共和国軍事法廷において無罪釈放され,帰国.

2 昭和三十一年八月一日,白浜8町役場に就職.

昭和三十五年,白浜町役場員労働組合を組織,208書記長,委員長を十年.

3 昭和五十二千,白浜町役場を停年退職.以後,家定にありて花卉(かき)園芸を営み現在に至る.その間,五十二年六月,内臓破裂のため入院,手術にて奇跡的に助かり,その後数回の入院生活をつづけながら健康を取りもどし,楽しみ程度の花丹園芸をしています.

4 昭和五十五年八月,和歌山9県日高10郡印南町切目にある弘龍庵[宗教団体]の同意を得て,中華人民共和国戦争犠牲者の慰霊塔を建立いたしました.

私は過去,日本軍国主義の中で育ち,軍隊に入り罪悪のかぎりをつくした,すなわち,人間の面をかぶった鬼でありました.中国の戦犯管理所において中国政府と中国人民のあたたかいご配慮のもとで戦争を憎み,平和を願う人間へと転換させていただきました.戦争ほど残酷なものがないことを私自身の実践で体得しました.再び戦争を許してはならないと私は心に願い,多くの一人々の力を結集して平和を守りたいと願うものです.

島津酉二郎

 

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1 Shimazu Yûjirô, Abteilungsführer, 憲兵伍長
2 Hebei, Provinz
3 Zunhua, Kreis in Hebei
4 Nantai (Natai), Dorf in Zunhua
5 Guandong, alte Provinz
6 Yamano, Oberleutnant, Kompagnieführer 中隊長
7 Changcheng ("Große Mauer"), auch: Kreis
8 Shirahama, Präfektur Wakayama
9 Wakayama, japanische Präfektur
10 Hidaka, Landkreis in der Präfektur Wakayama