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血の会食
市場に砲弾を撃ち込んで略奪

宮崎敏夫1(みやざき・としお)

砲手・兵長


一九四五年一月から行動を始めた独歩一0九大隊,四百五十名は,坪内2中佐の指揮の下に,長清3(ちょうせい),済陽4(さいよう)県一帯の穀倉地帯を,巨大な毒蛇のように,血の跡をしたたらせながら,二十年春,山東5作戦の略奪行軍を行なっていた. 青ラシャの外套をあたたかそうに着こみ,防寒帽を真深にかぶって,あから顔を馬上にふんぞり返らした大隊長や将校.はちきれるほど略奪品をつめこんだ背負袋,あかにまみれた真っ黒な顔に眼ばかり光らせた餓鬼のような兵隊の,長い隊列が,済河6(さいか)県城にあと数キロしかないこの小村へ着いたのは,春節(しゅんせつ)[中国の旧暦の正月]もせまった一月三十日の午後三時ごろであった. 五,六十戸の村の家々の門には,真新しい赤や青の春聯(しゅんれん)[門などに貼る祝いの文句を書いた赤い紙]が貼られ,春節のよそおいをこらしであったが,日本軍が侵入したいま,家々の扉は重く閉ざされ,村じゅうが息をのんでいるように静まり返っていた.

168間もなく,「現在地宿営準備,各隊の連絡係集合」 本部指揮班長が,大声で怒鳴ってきた. 「チェッ,こんなところで宿営か,もう一時間もすりゃあ,済河の県城じゃないか」 補充兵に運ばせた乾草の上に,デンと腰をおろし,煙草をくわえた田辺7上等兵が,不服そうに言った. 田辺,あの女に会う予算が狂ったか,ナーニ,ここも県城よりは都合のよいこともあるぜ,ハハハ………」 宮崎が,毛むくじゃらな顔の眼をほそめ,杯をほす手振りをして笑った. 「馬鹿野郎,貴様それでも三ヵ月の教育を受けたのか,年ばかり一人前にくいやがって」 翌日の十時ごろであった. 田辺上等兵が補充兵の演習に,しかも指名で引っぱり出された不満を,自分の前に干物のように固くなっている四十近いひげ面の補充兵に爆発させ,いきなりパンパンと,二つ三つビンタをくわした.やがて,四十名近い補充兵が鋸のようにデコボコに凍りついた道を,砲車をガラガラひびかせ,村の中を通って北の畑の中に大砲を引き入れていった. 村の中は,昨日とはまるで違っている.庭には,一面乾草がしかれ,駄馬がつながれ,"馬(ま)ぐそ"だらけで,家財道具や衣類が引きむしられた鶏のはらわたのように投げ出され,鶏の羽が風の吹くたびにパッと舞い上がった.

「なんでまた,いまごろ思い出したように,演習なんかやらせやがるんだ.くそッ,おもしろくもねエ」 宮崎は小銃の負革を肩に,ポケットに両手を突っこみ,田辺と肩をならべ,補充兵たちの四,五メートル後ろからブツクサ言いながら,左右を見まわした.

高山8,佐藤9,斉木10,いずれも五年兵の上玉ばかりだ. 「止まれッ」 金山11曹長のかん高い号令がかかった. 宿営村落から北に四百メートル,北の村落までは七,八百メートルもあるだろう.さえぎるものもない畑の中に,北風が容赦なく吹きつけた. 小隊長の福富12曹長は,分隊長の木下13軍曹となにか169話し合いながら遅れて歩いてきたが,補充兵の止まっているのを見ると,大股に近づいてきた. 「オイ,宮崎,お前ら五名で,あの木の下で警戒だ」と,三百メートル離れた北東のまばらな林を指さした. 「ハッ」 宮崎は敬礼すると,四人に号令をかけ,銃を片手に駆けだした.林の中で,素早く枯れ木を集め,火をつけた. グルリと焚き火を囲んだ五人は,手をかざした. 補充兵は,砲口を北の村に向け,陣地侵入の演習を始めた. 木下軍曹の怒鳴り声が聞こえ,補充兵の頭に標桿[砲の照準用具で一メートル弱の細長い鉄棒]が下ろされた. 「まったく今度の補充兵は,使いものにならんな」 吐き捨てるように言って,宮崎は水筒を傾けて白酒(パイチュウ)をゴグゴグと飲んだ. 「あ,おいっ,だれか馬で走ってきたぜ」 「ナニ,馬ッ」 五人の眼がいっせいに宿営村落のほうにそそがれた.

「オイ,中公[中隊長の蔑称]だぜ」 高山が,太いロイド眼鏡をズリ上げて言った. 「オイ,佐藤,お前,銃を持ってあの辺へ立ってこい」と,宮崎はあわてて言った. 中公,北見14中尉は,馬をとばして補充兵のところで止まり,福富曹長になにか話している. 福富曹長が,こっちを指さして,なにか報告している.やがて,中尉が馬を走らせてきた. 当番の高村15兵長が,あえぎあえぎついてくる.

馬を降りると中尉は,長い軍刀を鷲づかみに,ガニ股に拍車をガチャガチャさせながら,真っすぐ林のほうへ歩いてきた. 「服務中,異状ありません」 宮崎は,カチンと軍靴の踵(かかと)を合わせ,敬礼した.中尉は,フチなし眼鏡の底から,蛇のように冷たい眼でジロリと四人を見まわし,胸をそらしてうなずいた. 北の村からは,しきりに笛や太鼓の音が聞こえてきた. 中尉は,双眼鏡を取り出してジーッとそれを眺めていたが,やがて双眼鏡をおろすと,福富の顔を見,うすい唇をゆがめてニヤリと笑った.

170「オイッ,宮崎,明日は正月だ,今夜は年越しの会食をやる.いまから材料を集ゐる.こまかいことは福富の指揮を受けろ」と,言葉をちょっと切って,もう一度,四人の顔をジロリと見まわし,うす笑いを浮かべ,「そのため,お前らを指名したのだ.いいか,うまくやれッ」 中尉は,それだけ言うと,キチンと立っている四人に背を向け,肩をそびやかし,馬に乗っていった.

木下軍曹の指示で,初年兵が砲脚の穴を掘った. 宮崎は,少し離れたところで砲隊鏡[大型の望遠鏡]をのぞいた.市場まで八百メートル,城門から百メートルほど離れた少し低い場所にある市場には,赤い"のぼり"が風にゆれ,その下に屋台店らしいのがならび,白い湯気や,煙がたちのぼり,左のほうへ細長く続いている.野菜や肉,衣服の庖などがひろげられ,手籠を持った女たちがあっちこっち買い迷うように人波に押されている. 「こいつは悪くないぞ」 舌なめずりした宮崎は,チラリと田辺と顔を合わせるとニヤリと笑った. 「標桿の方向,砲据えッ」 木下軍曹の鋭い号令が,凍った空気を破ってひびき,ガラガラッ,砲車が鳴って,補充兵がしがみつくようにして射撃準備をした.

「オイ,宮崎,合図だぞ」 右手のさっきの林のほうを見ていた田辺が怒鳴った. 林の中で,赤い小旗を上下に振った宮崎は,急いで砲座に飛びこんだ. 小旗が横にゆれたとたん,静かな空気を破ってパンパン,ピューピューと五,六発の小銃弾が,はるか頭上を飛んだ. 「発射用意ッ」 木下軍曹の ダミ声がひびく,ガチャリ,装填を終えると,宮崎はグッと"りゅうじゅう"[大砲の引き手]を握った. 「班長殿,円内[照準器で命中範囲を示す円]に婆あが一人出てきました」 「ナニッ,婆あ」 「子どもも円内に近づいています」 木下軍曹の眉がピクリと動いた. 「かまわん,宮崎,撃てッ」 宮崎は,りゅうじようを引いた. ドドン,重苦しい砲声,砲口から火を吹いた. 一秒,二秒,三秒ッ.ドガン. 炸裂音171とともに,野外市場から五,六十メートル離れた畑の中の一本木のあたりで,凄まじい土煙があがり,黒い塊りが幾百幾十となく空中高くはねとび,それがゆっくりと地面に落ちた.

市場の人の群れは,瞬間,棒立ちになったが,砲弾だとわかると,人波は潮のように城内に殺到した.市場の中は,あわてて物を包んでかつぐ者,騒馬だけ引いて逃げる者,それがみな城門に向かって………. それを追いかけるように,パンパンと小銃が鳴った.林の中から金山曹長以下三十名の兵隊が,「ウワー,ウワーッ」と,吠えながら銃剣を光らせて市場の中へ襲いかかっていった. 宮崎と田辺は,砲撃が終わると,木下軍曹の命令で,金山の一隊を側衛するために銃剣をさげ,飛ぶように畑を走り出した. 「ここだなッ」 宮崎たちは立ち止まった.凍った畑の真ん中に大きな穴が開き,その穴の口から白い煙が立ちのぼり,硝煙のにおいがただよっている. 一本木の下に叩きつけられたように倒れた女の体に,七,八歳の男の子がとりすがり,声をからして泣きながら,その体をゆすっている.

「あ,さっきの婆あだ」 宮崎たちは,はずんだ息を白く吐きながら,ゆっくりそばへ寄っていった.この寒空に帽子もかぶらず短い綿衣に手足をのぞかした子どもが,足音に振り返った. 真っ黒な大きな眼がうるみ,寒さに紫色になった頬を大きな涙がつたって,小さな唇がヒクヒクとふるえている.その子どもの眼が,キラッとはげしい光に燃えたが,またすぐに母親の胸にすがりついた. 五十に近いと思われる母親の深いしわのきざみこんだ顔は,苦痛にゆがみ,草の葉のように青くなっていた.血だまりにひたった下半身,大腿部は根元から引きちぎられ,白い大腿骨が血潮の中にニューッとつき出ている. 「ヘヘェ,足の骨ってのは,あんがい太いもんだな」 宮崎は,軍靴でその172足をグッと持ち上げた.

「なにをするッ」 子どもの甲高い声が怒りにふるえ,大きな眼がキラッと睨んだ. 「ヘッへ………,オイ餓鬼,そんなにくやしいか,ヘッへへ………」 宮崎は,眼をすえながらひげの中で笑った. 「オイ,田辺,この婆あ,穴の中へ叩きこんじまおう」 「ヨーシ」

田辺が,母親の襟に手をかけると,ズルズルと引きずりはじめた. 子どもは,パッと立ち上がると,はげしく泣きながら,田辺の手に両手をかけ,必死に引き離そうとした. 「うるせえ,この餓鬼ッ」 田辺は右手でそれを払った. 子どもの体がもんどりうった. 子どもはまた起き上がると田辺の手にすがり,ガブッとかみついた. 「痛え,こん畜生ッ」 田辺は,思わず手を離した. 宮崎が,ゲラゲラ笑っている.子どもは,母親にすがり,顔をあげて田辺の顔を睨みつけている. 真っ赤になった田辺が,子どもの襟がみをつかんでムシリ取るように引き離して,凍った畑の畝(うね)に突き倒した. 子どもは,ワーッとはげしい声をたてた.

今度は,母親の襟をつかんでズルズルと引きずった.砲弾の穴のフチまで引きずると,足をあげて母親の体を穴の中に蹴こんだ. 死体は大きく一回転してうつぶせになった. 田辺が,子どもの襟首をつかんで宙に吊るし,穴のところまでくると,「ホーラ,餓鬼,親孝行しろい」ドサリと母親の上に投げこんだ. ギャッと叫んだ子どもの声をあとに,市場のほうへ駆けだした.

砲撃と小銃に,老百姓が避難したあとの市場に,ギラギラと銃剣が走りまわっている.放り出された屋台,ひっくり返されたアンペラ[高梁の茎で編んだ敷物],餃子や焼餅,肉や野菜が地面に散乱し,肉,野菜,餅と手当たりしだいに放りこまれた大きな籠が,南側の畑に集められ,十人ばかりの173補充兵がたかっている. その他の補充兵が,まだ野良犬のように市場の中を探しまわり,餃子をほおばり,焼餅を雑嚢に放りこんでいる.城門のところに避難した村民は,怒りに身をふるわせ,この暴行を見ていたが,堪えきれなくなった五,六人が,市場のほうへ駆けだそうとした. 「来るかッ,こいつら」 この気配にあわてた宮崎と田辺は,城門めがけて小銃を発射した.出かけた五,六人は,ハッとして立ち止まったが,はげしく罵る声は,ますます甲高くなった.

まだ血まなこになっていた兵隊たちも,銃声にギョッとして立ち止まったが,「引きあげだ.籠,前へ」と,金山曹長が,金切り声をあげた.兵隊たちは,畑に集まった. 略奪品をつめこんだ籠は,もう百メートルも前方をのめるように走っていく. そのあとを追うように銃をかついで走る兵隊の後ろから,市場になだれこんできた老百姓の怒りの声が,どこまでもあとを追った.

その夜,南の村では,鬼どもの酒盛りが始まった.分隊長以上は,指揮班に集まった. 隣り近所から略奪してきた机の上に,皿や椀(わん)がならべられ,鶏の丸焼きやてんぷら,餃子,平柿,梨などの果物にいたるまで,うずたかく積まれ,その間に兵隊のうわまえをはねた一升瓶が五,六本ならんでいる.皿に入れた油に,芯をだした洋灯が幾つもともされ,ゆらゆらと机の上の料理と,そのまわりに座った下士官や将校の顔をテカテカ照らしている.中尉は,重みを見せるようにゆっくり入ってくると,うす笑いを浮かべ眼鏡越しの細い眼でジロッとまわりを見まわし,赤うるしの肘掛け椅子にドッカリと腰をおろした.

「オー,福富,今日はご苦労だった.なかなかよい年越しだぞ」とジロリと料理を見まわした. 「ハア,旧正月だけに,奴らもなかなかぜいたくです」 福富曹長は,得意そうに胸をそらした. 「隊長殿,174さっき料理を本部へ届けました.大隊長殿がよろしくと言っておられました」 指揮班長の林田軍曹が,手柄顔に言った. 「ウーム,そうか,あれは大隊長殿も大の好物だからなあ」 「ああ,林田軍曹,それから,いま中隊の銃前哨は何名立っている」 なにげない顔できいた. 「ハアー,一人であります」 「フーム」 ちょっと,顔をしかめた中尉は,「オイ,もう一人追加せい」外の闇をすかすように言った. 「ハアー」 林田軍曹は,すぐ出ていって,けたたましく伝令を呼んだ. 「まったく,隊長殿の戦術には恐れいりました」 「さあ,隊長殿,ひとつ」 上目づかいに中尉を見上げた福富曹長が,一升瓶をとりあげた. 花模様の茶碗の酒をグッとほすと,中尉は,「そうか,調子よくいったか」満足そうに笑った.

「ハア,婆あが一人,吹きとんだだけです」と,木下軍曹が言った. 「なに,婆あが………」 「それが,砲撃のときに,わざわざ圏内[砲弾の破片が飛ぶ範囲]に入ってきたものですから」 「とんで火にいる夏の虫か,まあ奴らにしてみれば,最小の被害だ.市場の真ん中へ撃ちこまなかったのが,せめてもの皇軍の仁慈(じんじ)だ.ハッハハ………」

鬼どもの高笑いが,壁にひびき,洋灯の明かりに大入道のような影が,ユラユラと不気味に天井にうつった.隣りの家屋からは,もう白酒の酔いのまわったらしい兵たちのわめくダミ声が,凍った夜気をついて流れている.

新しい春を迎える喜びにさざめく平和な村に,砲弾をぶち込んで,尊い労働の成果をめちゃめちゃに強奪したばかりか,なんの罪もない老婆を無残に殺した鬼ども-私であった.けだもの同然の口,腹の贅沢を満たすために,ただそれだけの目的で,かくも非道な罪悪行為を平然と行なって175恥じなかった自分の姿を,いま,私は心から恥じ,悔いないではいられない.


筆者からの一言〈昭和五十七年八月

いま,問題になっている「進出」だなんてとんでもない. まさに,「侵略」である………. ソ連16での五年の捕虜生活につづき,昭和二十五年七月半ばごろ,中国戦犯容疑者として満洲撫順17市特別戦犯管理所に転収されました.中国戦犯管理所入所中,肋膜で約一年満鉄病院に入院, 入院中,左腸骨静脈血栓症で手術,昭和三十一年四月ごろ退院し,引きつづき管理所医務室に入所しました. 昭和三十一年五月より裁判が始まり,その後起訴免除となり,日本に帰国の許可が出て,同年七月五日,輿安丸にて舞鶴18港に上陸,復員いたしました. 中国に侵略後,「殺し,焼き,奪いつくす」-これが私たちが中国でやった戦争の実態であります.

「進出」なんでいうような生やさしい言葉で表現されるものではなく,まさに「侵略」そのものです. 多くの日本人が中国に侵略していったことは,皆がよく知っていることです.

なぜ真実を,はっきりと正直に伝えられないのか.私は,中国の撫順収容所で,「侵略戦争こそが人類への許すことのできない反逆である」ことを反省することができました.中国における日本軍の残虐さは,個人の問題だけではありません. 侵略軍全体の問題として告発することが大切です. それを侵略戦争反対へ,平和のために生かすのです.昔歩んだ道に逆戻りするのではないかという危惧をいま感じます. 侵略を侵略とはっきりさせるべきであります. それが侵略戦争を体験した者の責任であります.

宮崎敏夫

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1 Miyazaki Toshio, Obergefreiter, Artillerist 砲手
2 Tsubouchi, Oberstleutnant
3 Changqing (Zhangqing), Kreis
4 Jiyang, Kreis
5 Shandong, chinesische Provinz
6 Jihe, Kreis
7 Tanabe, Gefreiter
8 Takayama
9 Satô

10 Saeki
11 Kanayama, 曹長
12 Fukutomi, 曹長

13 Kinoshita, Feldwebel
14 Kitami, Oberleutnant, Kompagnieführer
15 Takamura, Obergefreiter
16  Die Sowjetunion
17 Fushun, Stadt in Liaoning, Nordostchina, Bergwerke 炭坑; Ort der späteren Kriegsverbrecherverwahranstalt 戦犯管理所.
18 Maizuru, Hafenstadt, Präfektur Kyôto