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謀殺(ぼうさつ)
予防注射を口実に毒殺

中島宗一1(なかじま・そういち)

属官


白いタイル張りの床は清潔に水洗され,四方から電灯が燈々と照らす大手術室.その中央に据えられた手術台を囲み,真っ白な帽子,手術衣,マスクで全身をおおった二人の先生と数名の看護婦さん,病菌に冒され瀕死の重症にある患者の生命を救おうとする科学者と,その協力者の緊張した懸命な空気は室内に満ちている.

刀,止血鉗子,ピンセット,ガーゼ等々次から次へと手際よく差し出す看護婦さんの手から受け取り,機敏に手術は進められていく.大きく切開された胸部の中に心臓が露出し,膨らんだりちぢんだりしているのが判然(はっきり)と見える.

ここは武漢2(ぶかん)医科大学第二附属病院の手術室.学生の実地学習のため,手術室の天井を円形のガラス張りにし,真上から手術の状況をのぞき見えるようになっているところ………これは一種の教室117である………より私たちは息を殺してあざやかに動く先生の手先をじっと見つめていた.

「これは手術の中でももっとも困難な心臓部の大手術です」 案内してくださる看護婦さんのささやきの声を聞き,私は十一年前のできごとをまざまざと思い浮かべ,自責の念で胸がかきむしられる思いをせずにはいられなかった.


斉斉哈爾3(チチハル)全福胡同4(ぜんぷくこどう)に,北満資源調査所と筆太に書いた門札をかけた一棟があった.正面から出入りする者はめったになく,裏口から出入りする者の姿を時折り見るといった,正体の知れない,なにかしら寒々とした感じのする家だった.それもそのはず,この建物は竜江5(りゅうこう)省地方保安局の旧庁舎で,現在竜江省警務庁特務科特捜班の工作室にあてられているのだ.

一九四五年六月半ばごろのある日,私はこの建物の一室に同僚の竜江省地方保安局第一股長(こちょう)属官表6(おもて)(まさる)属官荒木徹志7,岩木清人8,神津港9,警務庁特務科警尉小林芳郎,成田正一10らとともになにか落ち着かない軽い興奮の中に,これから起こる出来事を予想し,その話に花を咲かしていた

竜江省は成績が上がらない,眠っているのではないか」 中央からの督促(とくそく)を受けて,特務科長斉藤潤吉11は,事務官河野明12を呼びつけて叱咤激励した.そのお鉢は工作担当の第二股長荒木のところへまわってきて「早くなにか事件をあげよ」と迫るのであった.事件があがらなくては成績にかかわるし,工作費として予算獲得のうえにも影響があり,宴会が派手にできなくなるばかりでなく,河野にとってすれば,竜江飯店に女中名義で囲っている妾も養えなくなるという切実な問題であったのだ. 118だから是が非でもここで一つの事件をつくりあげる必要があったのだ.こうして荒木の情報工作によっていわゆる『ソ同盟在満諜報工作員』とし,一九四四年初めごろ,斉斉哈爾13市において三十歳くらいの一朝鮮人を検挙したのである.

吊るし上げ,水攻め,殴打等によって,連日連夜自白を迫ったが,彼の口からこの事実を吐かせることのできぬ荒木は,そのもくろみの外れることを恐れ,狂ったようにさらに酷い拷問をかけた.だが,いかなる拷問にも屈することなく頑として無実を主張する彼の前に,荒木はもはや施す術も失ってしまった.彼が酷い拷問のため傷つき,衰弱しきったのをよいことにし,「これでくたばるならかえってそのほうがいい」とばかりに,なんの当てもすることなく,独房に投げこんだまま放置していたのであるが,彼の不屈の気魄(きはく)はその肉体をも盛り返したのであった.

その後,荒木は彼の処置について河野や斉藤に計った.だが,すでに重要容疑者のごとく報告した手前もあり,またなんとかものにしたいといった未練があった.科長からは判然した指示を受けることができないまま,保安局の独房に放っておくわけにもいかない.そこで斉斉哈爾市警察局の留置場に移し一年余りが過ぎたのである.

特務科長の更迭(こうてつ)によって中央保安局事務官であった 春口日宗男 が新任特務科長として赴任してきたのは,日本では最後の瀬戸際に追いやられ本土作戦が盛んに宣伝され,東北14では中国人民の抗日活動がますます公然と活発に行なわれているころであった.ソ同盟の参戦による非常事態を予想しての人民弾圧の強化が急がれていた. 一九四五年五月末ごろのことだった.事務引継ぎ関係機関への挨拶回りなどをすませ,一段落した六月半ばのある日,保安局庁舎の事務官室で春口15は河野や荒木119から報告を受けていた.

「警察局から留置場の整理を急いでいるので,奴を早く処置してくれって催促されているのですが,いかがですか,科長殿にお話しして処置しては………」 荒木が河野にささやくのを聞いて春口は河野に尋ねた.

「なにかね」 「じつは始末に困っているのが一人いるんですが………」

自分の事は棚に上げ,前科長の斉藤に責任をなすりつけ,検挙から今日までの経過を報告してから,河野は,「こうなっては,いまさら出すにも出されませんし,かといって事件送致にもなりませんし」当惑気に言うのだった.

「また,なんだってそんなのをいつまでも放ったらかしていたのかね」 春口から詰問されて, 「私もこんなのをいつまでも放っておかずに早々処置したほうがいいと思って,何回か科長に計ったのですが,なにしろ科長が判然しないもんですから,つい………」 荒木の顔をちらりと見て,弁解する河野の言葉も終わらぬうちに, 「よし僕が責任をもつ.すぐ片づけてしまおう」 春口は太っ腹なところを見せるかのごとく指示した.

荒木君,科長殿がそう言われるんだから,早速やってしまおう」 河野は意気ごんだ口調で荒木をかえりみてこう言ってから, 「やるとなったら,どうやってやったらいいかなあ………」誰にともなく計るように言った.

「どうですか例の注射を使ってやってみては」 荒木は前々から考えていたのをもちだした. 「注射か,うん,それも面白いな.元吉16科長から担当宣伝を聞いていたが,どれだけ効き目のある代物か,120ひとつ試してみるのもいいなあ」 春口の賛同で話は簡単に決まった.

この注射というのは,一九三八年四月,中央保安局の設立とともに防諜関係担任の第三科に『特別室』なるものを設け,尾行,諜報,謀略のための擬装,変装や爆破,放火等の器具薬品の研究試作を行なっていたが,一九四一年特別室を科に拡大,第八科とし,東大医学部出身の元吉某を科長に迎え高等工業応用科学や薬専卒業の技術家数名を採用し,従来に加え謀略用の殺人注射液,シビレ,催眠等の各種の毒薬物の研究と試作を行ない,さらに奉天(ほうてん)医大附属病院の医師数名を嘱託とし,研究に協力させていたのである.こうしてここで極秘裡に作製されていた各種の薬物が,地方保安局配付されてあったのである.

呼鈴で招かれて私が事務官室に行ったときは,すでにこうして三人の間に話が決まっていたあとだった. 「じつは朝鮮人を一人始末することにしたのでね,君にも手伝ってもらいたいと思ってね」

荒木に代わって第二股長となって着任したばかりの私が,河野にこう声をかけられて,なんのことかのみこめずにいるのを見て,荒木が「あなたにはまだ引き継いでなかったので,あとで詳しいことは話すがね………」と言って,簡単にそのいきさつを説明した.

「そうですか,やりましょう」 私は胸をはずませて引き受けた.

おとなしく注射を打たせるためには,彼をうまく欺かなくてはならぬ.その方法として,荒木が今日彼に,『明日釈放し,朝鮮に退去させることにした. そのためには,いま伝染病が流行して予防注射をしなければ汽車に乗れぬので,それをすませてから発つように』とだまし,納得させる.秘密防止上,旧保安局庁舎内で実行する.立会者は部門の関係者に限る.注射は衛生兵あがりの成田17121やらせる等の具体的な打ち合わせを終え「では手落ちなくやってくれたまえ」河野の声をあとに事務官室を出た私と荒木は,顔を見合わせ,ニタリと笑い,「明日は面白いぜ」とささやき合うのだった.

その翌日,私たちはここ旧保安局庁舎にあって,彼を連れて来るのを待っていたのである.

「どうしているのかな,ばかに手間どっているなあ………」 待ちきれなくなったように椅子から立ち上がった荒木は,部屋をまわりはじめた.

「うん,もう来るだろうよ」 私も立って窓越しに街頭を眺めた.

大陸特有の袷の時期も飛び越えて,いっぺんに暑さを増した昼下がりの太陽は今日も大地を焼き照らし,客を引いて走る人力車夫の顔は真っ赤に充血している.

「来ました,来ました」 様子を見に出ていた神津の声で私たちはあわてて,かねて打ち合わせてあった態勢に散るようについた.汗を額に浮かべ部屋に入ってきた志村18を見ると,荒木は待ちかねていたように声をかけた.

「どうしたんだ,ばかに手間どったじゃあないか」 「外に出たら,奴,青くなってひっくり返ってしまったんですよ」 志村はハンカチで汗を拭きながら,その状況を語りはじめた.

志村の報告によると,昨日荒木から「明日釈放する」と言い渡された彼は,昨夜はほとんど眠れなかったようである.今日は朝から外に注意し,いつ迎えにきてくれるかと,腰も落ち着かない有様であった.連れに行った志村たち二人に伴われ,元気そうに戸外に出た彼は,数メートル歩いたと思ったらひょろひょろとよろめき,崩れるように倒れてしまったというのだ.太陽の光線も122射さないうす暗い独房に座ったまま,一歩も一房外に出ることも許されず,一年余りを過ごしたのが急に強い日光に照らされては,たまったものではない.とたんに脳貧血を起こしたのである.

「青菜に塩ってよく言いますが,そっくりですよ.人間て案外もろいものですな,たった一年くらい日に当たらんかつて,あんなもんですかなあ」 へらへら笑いながらそう言って,志村は急に真顔になって話を続けた.再び庁舎に抱えこんで冷水をかけ,しばらく休ませていた.もう動けるかどうか危ぶまれたが,「そんなことで帰れるか」と志村が叱咤すると,彼は歯をかみしめて,「大丈夫で す」と言って立ち上がったというのだ.

「帰りたい一心てやつは恐ろしいもんですよ,あんなにまいっているのにね」 志村はあきれたようにこうつけ加えるのだった.

「そうか奴(やっこ)さん,帰れるとすっかり信じきっていると見えるな」 私の顔を見てニタリと笑う荒木に,私も笑って大きくうなずいた.

「奴はいまどうしているのかね」 表が志村に尋ねた. 「あまり苦しそうだから休ませています」

「早く楽にしてやったほうがいいだろうから,始めようじゃないか」 私はみなに計るように言った.

「ハハハ,楽にか,じゃあ連れてこいよ」 荒木の指示で志村は出て行った.

「おい科長さん,うまくやれよ」 冷やかされるように表から声をかけられて科長に偽装した私は,こみあげてくるおかしきを呑みこみ,レザー張りの大机を前に回転椅子にどっかり腰を下ろし科長然として待機していた.

123「コツ,コツ,コツ」 ノックに「おー」とこたえる私の横柄な声とともに,彼は志村に抱えられるようにして入ってきた.

「科長殿だ,君になにかお話があるそうだから」 私を中心になにか会議でもしていたような格好をしていた中で荒木が立って彼に告げた. 荒木に言われて,私にていねいに頭を下げる彼に,私はあごをしゃくるようにして言った.

「かけたまえ」 志村の出す椅子にかけた彼は,まだ息切れが止まらず,苦しそうに肩で息していた.高い背たけと頑丈な骨格は,もともと健康な体であったことを思わせたが,私の前にいる彼は頬骨が高々と飛び出し,眼は落ちくぼみ,広い額にたれ下がるぼうぼうと伸びた頭髪は赤茶け,まったく色艶を失っている.

荒木君からもすでに話したと思うがね,調査の結果,容疑事実がないことがわかったので,今日君を釈放することにした」 もったいぶって言う私の顔をじっと見つめている彼の視線にあうと,私はまたもやおかしさがこみ上げてきて,それをつくろうため彼をねぎらうかのように笑いを浮かべて言った. 「長いこと留置していて,気の毒かけたね」

無実の罪で捕えられてより,一年有余いつ許されるとも知れず,説に訴える術(すべ)もない恨みと苦悶の長い獄中生活,たった一言の慰めの言葉で,それまでの苦しみは消え失せるものではないが,はからずもいま,その絶望から解かれようとしているのだ.そう信じきった彼は,その苦痛も恨みも今日の喜びで拭い去ることができると思ってか,無言の微笑で答えた.

「聞けば君は,朝鮮に帰りたいと言っているそうだが,帰つてなにをやる心算(つもり)かね」

124「はい,家族が百姓をやっていますので,私も帰って百姓をやろうと思っています」

「ほう,それで家族は何人いるのかね」

「母と家内,それに子どもが三人います」

「そうかね,それでは子どものことをずいぶん案じたことだろう」

身は明日の命も知れない境遇にありながらも,夫を待つ妻,父親を慕う愛児をしのび涙で枕をぬらし,眠れぬ夜が幾夜あったことか.そのいとしの妻子に間もなく会うことができるのだ.彼の眼は活(い)き活きと輝き,思いは遠く故郷に馳(は)せてか窓越しに空の彼方を見つめ,小さなためいきをほっとつくと,軽くうなずくのだった.

「旅費もないだろうから,少ないがこれをやるから持って行きたまえ」 河野からもらって用意してあった十円札を束ねた二百円束を,机の引出しから取り出すと,私は彼の前に差し出した.驚いたように私の顔をまじまじと見つめ,たじろいでいる彼に荒木は言った.

「せっかく科長殿が下さるのだから,遠慮なくいただいたらいいよ」

「ありがとうございます」

荒木に促されて,私の手から札束を受け取ると,膝の上に置き,両手でなでるようにし,伏せたその眼から喜びの涙が一滴,二滴,札束をぬらした.その様子を見て私は,その場に居座る仲間とともに,だんだんワナにはまっていく獲物を眺め,舌なめずりする魔術師のようにほくそ笑み,うなずき合うのだった.

「コッ,コッ,コッ」 ノックとともに,中からの答えも待たずに大倉19が入ってきて,私に報告した.

125「科長殿,先生が来てくださったのですが」

「そうか,もう来てくださったか.どこでやってもらいましょうかな」 荒木が私に計るように言った.

「すぐ終わるんだから,ここでやっていただけよ」 私の声で,「じゃあ,先生をこっちに案内してこいよ」 荒木が大倉に指示した.

白衣の上がけを着,マスクをかけ,片手に注射器を持って大倉に導かれて入ってきた成田は,「やあ,ご苦労かけました」と私の挨拶に軽く無言で会釈した. 「では早速やっていただけよ」 荒木に促されて,彼は手にしている札束を大事そうに上衣のポケットに入れると,垢で縞目もわからなくなった服を脱ぎ,すでに擦り(すり)きれ,わずかに形ばかりの名残りをとどめるシャツの袖をまくり上げた.

「立たなくても,かけていればいいですよ」 成田は立ち上がる彼を止めて腰かけさせると,「では,机をちょっとお借りしますかな」そう言って,私の前の机に彼の腕をとってのせると脱脂綿で拭きはじめた.一拭い,二拭い……… 垢で生地もわからなかった腕に青白くすき通った肌と,その上にくっきりと太く静脈が現われたと見ると,静脈にズブリと刺しこんだ.途端に,彼は意外そうにちらりと成田の顔を見たが,なんにも言わずじっとしていた.

一秒,二秒……….私たちの眼は注射液の減る量と,彼の顔をはげしく見比べていた.注射液はまだ半分も減らない瞬間,「ウーム」重苦しいうめきとともに棒立ちになったと思うと,ばったりその場にあおむけに倒れた.室外に様子をうかがっていた者がどっと駆け寄ってきて,私たちとともに彼をとりまき,腕組みして様子を眺めた.

「ウーム,ウーム」 眼をつり上げ,口から泡をふき,うめきはじめた. 「おい,おい,早く,早く」

126戸外にうめきの洩れるのを恐れて,荒木があわてて怒鳴った. 小林が片足を上げ,泥靴で鼻と口をふさいで踏みつけた.

「ハハハハ,どうやらお陀仏(だぶつ)らしいな」

ピクリとも動かなくなったとみると,踏んでいた足を下ろすと,小林はかみしめた歯をむき出した.つり上がった眼は半開き,泡と土で汚れた陰惨な形相を見ると,「せっかく早く楽にしてやったのに,なんて恨めしそうな不景気な面をしていやがるんだろう」そう言ってペッとつばを吐きかけた.

大きな獲物を捕った猟師がその興奮にひたるように,死体を前に思い思いのことを言って談笑していた私たちは,話にもあきると,閉めきっている部屋の暑さが急にこたえてきた. 「おい,冷たいビールが待っているぜ.早く片づけて清めの一杯をやろうぜ」 私はみなを促して死体の処置に取りかかった.

死体を用意してあった棺桶に入れ,嘱託医の所に行って書かせてきた心臓麻痔の死亡検案書を添え,市衛生隊を呼んで火葬場に送ると,私たちは「冥土(めいど)の土産に札の臭いを嗅(か)がしてやったのだからな あ」と言って,彼のポケットから抜き取った涙の跡もまだ乾かぬ札束をポケットにねじこむ表を先頭に,街の料亭に流れこんだ.そして,その夜は,「大戦果を祝う乾杯だ」と,時の過ぎるのも忘れ,狂ったようにどんちゃん騒ぎで夜をあかしたのである.


私は過去日本の医学はドイツにつぎ世界的に高度に発展していると誇りにしていた.しかし,私が誇りとしていた医学は,いま私の眼の前にあるように瀕死の境にある人をその医学の力で127救い生きながらえさせようとするのとは反対に,私がこの手で行なったように,頑健な体の持ち主であり,善良な平和な人々を傷(いた)め殺すために使われていたものであった.あと十年で風土病の一掃を期し,細菌撲滅に科学を傾注している中国とは反対に,細菌を培養し,伝染病の流行を煽るための医学であったのだ.


筆者からの一言〈昭和五十七年七月

謀略,これこそ侵略者が他民族を犯し,自己の利益を貪(むさぼ)るために用いる常套手段であります.

当時,東北三省に君臨し,精鋭を誇る張学良20(ちょうがくりょう)軍に,鉄道守備隊の寡兵をもってわずか一夜にして潰滅的な打撃を与え満洲事変の発端とした柳条溝21(りゅうじようこう)事件も関東22軍が計った謀略であり,さらに隠遁中の清国皇帝の末裔を担ぎ出し,皇帝とし,『日満一体』『一徳一心』『五族協和』を国是とし,『王道楽土』の建設をめざすと呼号し,満洲国を建国しました.日本帝国こそが貧困と軍閥の抑圧にあえぐ東北三省のあたかも救世主のごとく装っていたその陰で,七三一石井23細菌部隊をつくり,反満,抗日,匪賊,スパイ等の罪名をつけ,数多くの民衆を捕え,裁判にもかけず生体実験に供し,虐殺を重ねてきたのも関東軍なのです.

日本軍国主義が謀略であれば,その機構の一員として,昭和七年満洲国"警察官となり,中国に侵略の足を踏み入れて以来,敗戦に至るまでの十三年間,その大半を特務警察官となって過ごした私は,善良な住民に対し,謀略的手段でスパイに仕上げ,彼らを操縦し,術策を弄し,中国人民を投獄殺害する等,謀略に明け暮れたのであります.

128昭和三十一年,中国戦犯としての抑留から起訴猶予となって帰国した私が,当初もっとも感じたことの一つは,星条旗のマークのついた空飛ぶ軍用機,ジープに乗って走りまわっているアメリカ兵を見て,彼らはいったん有事となったとき,我々日本国民のために,はたして最後の血を流してまで戦ってくれるだろうか,という深い疑念を抱かずにはいられなかったことです. 昭和二十年八月,ソ連24軍の"満洲"への侵攻が開始されるや,関東軍は作戦上の口実の下,戦わずして秘密裡にいっせいに朝鮮国境に退却,鉄道は全面停止となり,開拓団,少年義勇隊,一般邦人は放置され,ために自爆,餓死,伝染病死する者数知れず,今日の中国残留遺児もこれによってもたらされたのであり,同胞に対してもかくある関東軍,原住民に対してはなおさら,なにをか言わんやであります.たとえば,ソ連軍の進攻を阻止するためには松花江ダムの決壊をも企画したと言われますが,もしこれを実行すれば,吉林25(きつりん ),長春26両市民を含め,幾万人の生命,財産を一気に奪う結果となったのは,火を見るより明らかでした.日米安保条約,米軍の核の傘が我々日本国民にとって,なにを意味するか,私は自らの体験を通じ,強く反対せずにはいられません.私がかつてソ連に抑留中,一ソ連人から耳にした「いかなる国にせよ,他国の軍隊が駐留するかぎり,平和は絶対に来ない」の言葉は,一生私の耳から消えません.若い世代の人々よ,支配者の謀略を警戒されんことを!

中島宗一27

 

 

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Personen & Orte

1 Nakajima Sôichi, 属官
2 Wuhan, Hauptstadt der Provinz Hubei
3 Qiqiha(e)r, große Stadt in Heilongjiang
4 Quanfuhutong
5 Longjiang, Provinz
6 Omote Masaru, 属官
7 Araki Tetsushi, 第二股長
8 Iwaki Sumito
9 Kôzu Minato
10 Narita Shôichi, Sanitäter 衛生兵
11 Saitô Junkichi, 特務科長
12 Kawano Akira, 事務官
13 Qiqiha(e)r, große Stadt in Heilongjiang
14 Dongbei -- die drei nordöstlichen Provinzen (遼寧省Liaoning・吉林省Jilin・黒竜江省Heilongjiang), d.h. die Mandschurei; auch: Dongsan東三.
15 Haruguchi Muneo, 中央保安局事務官, 新任特務科長
16 Motoyoshi, Arzt 科長
17 Narita Shôichi, Sanitäter 衛生兵
18 Shimura
19 Ôkurake
20 Hsueh Liang Chang); 1901-2001; Sohn von Zhāng Zuòlín, wurde nach dessen Tod der mächstigste Warlord in der Mandschurei; war maßgeblich an dem Xian-Vorfall beteiligt, daraufhin von 1936 bis 1990 unter Hausarrest.  
21 Liutiaogou (Mukden Vorfall am 18. Sept. 1931)
22 Guandong, alte Provinz
23 Ishii Shirô, 1892-1959; Generalleutnant in der Einheit 731, verantwortlich für bakteriologische Experimente und Menschenversuche.
24  Die Sowjetunion
25 Jilin, Provinz und Stadt, siehe auch Dongsan
26 Changchun, Hauptstadt der Provinz Jilin; seit 1932 Hauptstadt der von den Japanern besetzten Mandschurei; zu dieser Zeit hieß die Stadt Hsingking (新京; Pinyin Xīnjīng; jap. Shinkyō).
27 Nakajima Sôichi, 属官