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嫌がる少女を受験で脅かして

富島健司1(とみじま・けんじ)

伍長・分隊長


津浦2(しんぽ)線を一路天津3に向かって走る車中,行けども行けども続くよく肥えた黒土を,じーっと窓越しに見つめている私には,いつか十三年前の出来事がまざまざと昨日のことのように浮かんでくるのでした.三つ星の襟章をつけ,銃を持った青年の私.戦争こそ唯一の日本の生きる道と信じていた私. 山東4省の一帯にかけて四年近くの長期にわたり,畑を耕すお百姓さんや,やさしい子どものお母さんたちの切ない訴えを,「日本軍に刃向かう不逞の奴め」とののしり,殴り,蹴り,殺し,そして 食物や財産を奪い,壊し,人間がもう二度と住めないようにと,戦争に狂っていた姿でありました.

「そうだ,あのとき中隊長の奴,こんなことを言ったっけな!」 私は一九四三年の暮れ二ヵ月近く渤海5(ほつかい)湾の沿岸地帯を荒らしまわったときのことを思い出しました.

「どうだ,これで少なくとも十年間はどうにもならんだろう.ハハハ………十年たったらまた来る101さ………どうだ富島6上等兵!!」

「ハイッ隊長殿,まったくそうであります」

陽に焼けた白井7中尉の顔が,燃える焚き火の中で真っ赤にゆがんで笑っている.

「隊長殿,富島はもっともっと頑張るであります」

こうし私は,男の人を見かければ手当たり次第に殴り,むごたらしい殺し方をした.女の人を見つけたら「命だけは助けてやるから,俺の言うことを聞け」とわめき立て,辱しめた.それでも哀願したり,拒もうものなら「この野郎,こんなに武士の情けをかけているのに,わからん奴だ」と,生きていけなくなるほど殴りつけ,銃剣で殺していったのだった.

それは忘れもしない十二月八日でした.

「ヤケに吹きやがるぜ!!ぺッ」

かっぱらった手拭いを首にまいた水島8上等兵が手鼻をかみながら,私に向かってつぶやいた.

「うん………」 考えごとをしていた私は,歩きながら気のない返事をした.

二,三日前に渤海9湾海岸線から,この灌木(かんぼく)地帯にある数軒の人家を見つけて泊まり,今日十二月八日『大詔奉戴日(たいしょうほうたいび)『聖戦の儀式』を終えたのは十時ごろだった.中隊長白井中尉は昨夜[七日]「この辺に物資が隠してあるにちがいない」と言って,年ごろ四十歳くらいのお百姓さん二人に火あぶりの折檻(せっかん)をし,殺したその場所を祭壇にして,「儀式」なるものをやって「度胸をつけるんだ」とその右肩をいからした.生きた人間が焼かれる,気持ちの悪い臭いが!!そして黄色い煙が鼻をついた.

102「エイッ,畜生!!なんだこんなもの!!負けるか」 私は顔をしかめて頑張っていた.

それから小一時間もたたぬのに,小隊長の青木10四郎少尉と谷田一雄11准尉(じゅんい)の指揮する二個小隊は,そこから北に向かって"掃討"のため,いまこうやって歩いているのであった.兵隊たちは"記念日"なのに休ませないとブツブツ言いながら,重いドタ靴を引きずり,あてもなく歩いていた.あれからもう二十分も歩いたのに,風に乗ってこんなところまで人間の焼ける臭いがしていた.

「畜生め!」 私はくたくたになっていたので,よけいに腹が立った. 「こんな野原歩いたって,女一人いやしねえ,ばかばかしい」 私はこう言いながら,さっきの水島上等兵の言葉に返事をした. 水島上等兵は『そうだ』と言わんばかりに初年兵に軽機関銃を持たせて,煙草を出して喫いだした.と,突然右のほうから,「ワーィ,いたぞ!!小隊長殿!!女です」 私の同年兵で「甲洲の山猿」と 言われるほど,髯の濃い山梨県出身の小沢正一一等兵が両手をあげて怒鳴った.一瞬,みなの顔がひきしまると,獲物を見つけたヤセ犬のようにバタバタと声のするほうへと駆けだした.

「待て,待て」 こう叫びながら,青木少尉は谷田准尉と顔を見合わせ,ニタリと笑うと,自分も兵隊を追い越そうと走りだした.灌木地帯を切り拓(ひら)いて畑にされたそばに,一メートルもあろうか,掘り下げられた窪地! その真ん中に,日本軍によってメチャメチャに破壊され,目ぼしいものを持ちだされた人家の跡!!その……….

陽溜まりの片隅に,八人の女が,海より吹きつける十二月の冷たい風をさけ,何日も何日も泣きつづけたように,戦争への恨みをたたえながら,ボロボロの着物一枚を身につけ,小刻みにふるえながらまばたきもせず,じーっと取り囲んだ兵隊たちを睨んでいた.女たちはジリッジリッと体を103 よせ合い,手と手を握りしめていた.

「うーん,こりゃいいものを見つけた.殺すのはもったいない,いまからよいものを見せてやる.いいか,慰問団だ.今日は十二月八日の記念日だからな,ハハ………」

権藤12通訳!! あの右から二番目の女をここへ引きずりだせ.あの道案内のどん百姓とやらせるんだ,いいか」

青木13少尉は軍刀を杖にしながらこう言うと,傍らの谷田14准尉と眼を合わせてにやりとうなずいた.

「ハ,ハイッ」 朝鮮15出身の権藤16通訳は,飼い馴(な)らされた猟犬のように,穴の中に飛びこむと,持っていた棒を振りまわして女を連れだそうとした.

兵隊たちはつばを呑んで見守っていた.

「エイッ,エイッ,クソ,生意気な!!この野郎,手向かうか」

棒はところかまわず,ひとかたまりになって抱き合っている女たちの肩や顔に,「ボクッボクッ」と不気味な音を立てて当たった. 「ザアッザアッ」 そのたびごとに土砂くずれがして,黒土が女たちの髪の毛に降りかかった.

突然,「オギャア,オギャア,オギャア」と赤子の泣き声が,環(ゎ)になった女たちの中から引きちぎれるように聞こえてきた. 「アイヨー,なにをするんです.可愛い赤ん坊になんの罪があるんです」 女たちは必死になって抵抗した.

兵隊は,びっくりしたように銃剣をつきつけた.ボロ切れ一枚に包まれた可愛い乳のみ子が三人,いま叩かれ打ちひしがれんとする八人の母親たちの肌のぬくもりに守られていたのであった.私は104上から土を蹴りとばした. 「この餓鬼ら,大きくなったら日本軍に刃向かう奴になるんだ,こん畜生ッ!!」と言いながら.

「ヤレッ,ヤレッ」 まわりの怒鳴り声に権藤通訳はさらに暴れまわった. 権藤通訳に髪の毛を引きずられた三十歳くらいの女の顔に,涙が止めどもなく頬を伝わり,黒土にしみ入るようにすい取られていった.

「こっちだ,こっちだ」 青木少尉は先頭に立って怒鳴りつけた.両手を大地に爪立(つまだ)て,霜柱をむしり取るように引きずられていく女を,私たち兵隊はグルッと銃剣をつきつけて取り囲んだ. 「この老いぼれどん百姓!!やるんだ,コラッ」 すでに小林兵長に衣服を引き裂かれた五十歳くらいの男は,長年畑仕事で日焼けした見るからにやさしそうな眼じりの皺(しわ)をぬらしながら,働いて働きつづけたゴツゴツの両手を地べたについて頭をふり,なにかしきりに訴えている.

「えいッ,うるさい!!権藤通訳,早くやれッ」

青木少尉の命令は,冷たくはきかけられた.

「こらッ,やらんか?」 バシリッ,バシリッ!!こうして,女と男は権藤に叩かれ,殴りあげられた.女の白い肌からは皮膚が裂け,血がにじみ,土まみれになった.でも女は,青ざめた顔に唇をかんで動こうとはしなかった.

「この老いぼれ,なんて意気地のねえ奴だ,コラッ,コラッ」 それでも男は頭を何度も地べたにすりつけて,なにかを訴えている.

「貴様ら見ちゃいかん!!動くなよ!!」

105初年兵たちの叫び声が取り残された女たちの救いの叫びと入りまじって,押えきれなくなってか,「半分泣き面」で,夢中で怒鳴りつけているのが聞こえてくる.

「馬鹿野郎!!ガタガタするな!!」 青木少尉は眼を見張って怒鳴りつけた.

「この老いぼれッ,このアマッ,やらんかッ」 権藤は狂ったように棒を振った. 「バシリッ,バシリッ」……… こうして,老人と女は重なり合って涙を流したまま動かなくなった.

「よーし,権藤!!よくやらした.こいつらに言え,命だけは助けてやるってな,ハハ………」 青木少尉と谷田准尉は大喜びで笑った.兵隊たちも喜んで笑った.だが,私たちはこれで満足はしなかった. 「もう一人だ」 「あいつだ」と口々に叫びながら,もう初年兵が取り囲んでいる女たちのほうへ駆けだしていった.というのは,女たちの中におさげをゆった十七,八歳のきれいな娘がいることを忘れなかったからであった.

「どけどけ,モサモサしやがって」 古兵たちに怒鳴られて,初年兵はおどおどして追いやられた.

「出ろ出ろッ,貴様だ」 私はいちばん先に駆けより,怒鳴った.続いて小沢正一一等兵がすかさず怒鳴った.こんなときに「よくやった」という点数を取ることをちゃんと心得ていたからだ.

「この野郎ッ!!」 私と小沢一等兵が,同時に窪地に躍りこんだ. 「お母さん,お母さん!!」 迫りくる恐怖を知ってか,母を呼ぶ娘の悲しい叫び声に,土の中から生まれ,土の中で生きているような,長年の苦労を積みかさね,ただ一つ残された娘の幸福な結婚を夢に見ていた,ゴマ塩頭のお婆さんが皺のよった眼をしばたたかせ,地べたに顔をすりつけて,私に哀願するのだった.

「くそ婆ッ,じゃまだ」 私は右足の編上靴(へんじようか)で肩のあたりを蹴り倒すと,老婆の苦しまぎれに叫ぶ声を106あとに,娘の髪の毛と襟首を小沢一等兵とともに握りしめ,引きずりあげた.

「アイヨー,お母さん,お母さん」

娘は腸をしぼるような悲しみの叫び声をあげた.老婆を抱えながら,女たちはなにかをしきりに叫んだが,銃剣は胸元にピタリッとっきつけられ,無惨にもさえぎられた.

「畜生め,殺されるのが嫌だったら,素直に言うことをきけ」 バシリッ!!

私の銃床が女の背中にぶち当たる.せめて娘だけにはと,老母が心をこめて刺した花模様の靴は,泥まみれになって飛んだ.

「コラッ,コラッ,脱げ,脱ぐんだ」 小沢一等兵は,泣いてすがりつく娘の下着を握ると,バリバリッと引き裂いて脱がした. 小沢一等兵,いいぞ,犬だ,犬をやらせろッ」 後ろにいた青木少尉は環のいちばん前に出てきて命令した.

「ハイッ」 私と小沢一等兵は,反射的にこう答えた. 「ワハハ………いいぞ,やれ,やれ」 まわりから髯面の嘲笑がドッとわき上がった.そして,見る見るうちに取り囲んだ環が小さくなっていった.堪えきれぬ厚しめと悲しみは,乙女の優しい肌をふるわせた.兵隊たちの百二十の眼は,そして冷たい風は,容赦なく娘の体にナイフのように突き刺さっていった.

「アア………お母さん」 「ええ,歩け歩け,こうして歩くんだよ!!歩かねえとブチ殺すぞ」 小沢一等兵はそう叫びながら,娘のほうに顔を向け,環を一まわり犬の真似をして歩いて見せた.

「歩け歩け,殺さないからやれ」 私は銃剣の先で娘の白い皮膚を突いた.銃剣の先に真っ赤な血がついた.

107「アーアーお母さん,おかあ………」 娘は喉をつまらせて,あとは声が一瞬とぎれた.母親のしわがれた叫びが,断末魔の苦しみのように聞こえる.

「ワハハ………」 兵隊たちの淫乱な爆笑は,それをかき消してしまった.

「この野郎,この野郎」 小沢一等兵の振りあげる棒は,娘の腰を打った. 「よーし!!今日はよい記念目だったなあ.おい権藤通訳!!女たちに,今日は特別に銃殺だけは助けてやると言え.なあに,どうせ死ぬんだ,まあ,どこかの部隊で見つけりゃまた慰問団になるさ.ハハ………だがなあ,権藤通訳!!男だけは生かしておいたらあとのためにならんぞ.あとでやってしまえ.いいかッ」 青木少尉は,こう簡単に命令した.

「ハッ,今夜でもいちおうしぼってから,やってみましょう」 権藤は機嫌をとるように会釈して,百姓のほうをジロリと眺めた.

兵隊たちは,まだ物足りなそうにドロ靴を蹴って,婦人たちに土埃を浴びせた.婦人たちはもう泣いてはいなかった.娘をしっかりと抱きしめた老婆は,土まみれになった花模様の靴をはかせながら,私たちのほうをうらめしそうに睨んだ.婦人たちは誰も動こうとはしなかった.

「ハハ………ざまあみろい」 私は嘲笑をあびせかけて,きびすを返した.

涙と血に汚された黒土が,「ハダ」をかきむしられたように荒らされ,海から吹きつける寒風に砂埃となって飛んでいった.灌木のガサッガサッと鳴る音が,一段と大きくなったように聞こえてきた.

その夜,老人のお百姓さんは,白井中尉と権藤通訳の手によって前日の焚き火の場所で焼き殺され108てしまった.私は歩哨として見張りをした.

あくる日,さらに私は水島上等兵をさそって二人で婦人たちのところに出かけて行き,自分の家と畑を守りつづけている可愛い乳のみ子を抱えた二十七,八歳のお母さんに拳銃をつきつけ,殴りつけて強姦した.

私は戦争に名をかりで,このように中国人婦女やお百姓さんを苦しめ殺してきました.このような境遇にあった人がどれだけ数多くいることでしょう.ああ,私はなんという誤った恥ずべき罪を犯したのでしょう.誰が私をこのようにさせたのでしょうか.

それは戦争なんだ.平和でありさえすれば,こんなことにはならなかったのです.もう私は二度とこのような非人間の行為はやりません.あのように苦しめられ辱められている婦人は,まだ世界におります.日本の婦人もそうです.私はこの方がたにも心からすまないと思います.未来の担い手,子どもの母親をこのように,人間の楽しい生活から財産を破壊するように,婦人をこのようにすることは,戦争をやってきた私たちにとって,堪えきれない苦痛なのです.


筆者からの一言〈昭和五十七年七月

戦後の反省から三十数年経過しました.寛大な許しで帰国に際し,新中国の人々から再び銃を持たない隣国の友人として,平和な家庭生活をしてください,と言われたことを考えてみて,旧日本軍兵士としての犯罪[三光作戦]の真実を語り,次の世代の青少年に109訴えねばなりません.

現在の国内,国際情勢のなかで真の働き手として,日本の進路を再び過去の道ではなく,戦争のない,再び銃を取らない世界を築いていくことを,若い世代の皆様に訴えるものであります.

富島健司

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Personen & Orte

1 Tomishima Kenji, 伍長, Abteilungsführer 分隊長 (Pseudonym)
2 Jinpu, Bahnlinie
3 Tianjin --- regierungsunmittelbare Stadt und Stadtregion in Hebei 河北 am Fluss Haihe
4 Shandong, chinesische Provinz
5 Bohai, Bucht
6 Tomishima Kenji, 伍長, Abteilungsführer 分隊長 (Pseudonym)
7 Shirai, Oberleutnant 中尉
8 Mizushima, Gefreiter
9 Bohai, Bucht
10 Aoki Shirô, Leutnant
11 Yata Kazuo, Oberfeldwebel 准尉
12 Gondô, Dolmetscher, 朝鮮出身
13 Aoki Shirô, Leutnant
14 Yata Kazuo, Oberfeldwebel 准尉
15 Korea
16 Gondô, Dolmetscher, 朝鮮出身